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生活の中の詩 [読書]


 いつだったか毎日新聞の書評欄に、石垣りん『詩の中の風景』(中公文庫)が取り上げられていたので読んでみました。詩人の著者が、心に残った詩を掲げ、その詩についてのエッセイを付けたもので、50篇ほどの色々な人の詩のアンソロジーともなり、詩の解説でもあり、その詩が著者に及ぼした反響の記録ともなっています。たとえば・・・



     昨日いらつしつて下さい 

                 室生犀星

   きのふ いらつしつてください。

   きのふの今ごろいらつしつてください。

   そして昨日の顔にお逢ひください、

   わたくしは何時も昨日の中にゐますから。

   きのふのいまごろなら、

   あなたは何でもお出来になつた筈です。

   けれども行停(ゆきとま)りになつたけふも

   あすもあさつても

   あなたにはもう何も用意してはございません。

   どうぞ きのふに逆戻りしてください。

   きのふいらつしつてください。

   昨日へのみちはご存じの筈です、

   昨日の中でどうどう廻りなさいませ。

   その突き当りに立つてゐらつしやい。

   突き当りが開くまで立つてゐてください。

   威張れるものなら威張つて立つてください。



 <・・・過ぎた日に帰れるはずはないのに、昨日への道はご存じの筈です、と言われると暗示にかけられ、ついその気になってしまいます。/常識の扉がひらいて、心の踏み込む先の風景が見えてきます。/(中略)犀星氏が女になりかわって、男に出した招待状かもわかりません。/やさしい言葉で、昨日なら何でも出来たはずといわれても、それが出来なかったのが昨日。/昨日なら用意があったけれど、今日も明日もあさっても、あなたにはもうなにの用意もないのですと、突き放す。所詮もどりようのない過去へのご招待。/かなしいような、切ないような、この無情とも思える招きに、私はなぜか応えたくなります。実にしばしば、はい、お伺い致しますと。>



 なるほどと、その解釈のみごとさに頷きます。そして石垣りんさんが、しばしば昨日へ出かけてみたくなると告白し、そうですよね、と取り戻しようのない過去に思いが及びます。



 「石垣りん」という名前は見たことがありますが、その文章を読んだのは今回が初めてでした。1920年に東京・赤坂で生まれ、55歳まで銀行に勤め、その間、詩を書き続け、2004年に他界されています。いわゆる詩人的な放蕩とは無縁だったようで、日常生活の中に詩を見るといった雰囲気で、エッセイからは繊細で豊かな感受性が感じられます。そういえば、昔、こんな詩を読んだのを思い出しました。


     シジミ

         石垣りん

   夜中に目をさました。

   ゆうべ買ったシジミたちが

   台所のすみで

   口をあけて生きていた。

   「夜が明けたら

   ドレモコレモ

   ミンナクッテヤル」


   鬼ババの笑いを

   私は笑った。

   それから先は

   うっすら口をあけて

   寝るよりほかに私の夜はなかった。*



*『日本詩人全集 34 昭和詩集(二)』(新潮社)




詩の中の風景-くらしの中によみがえる (中公文庫 い 139-2)

詩の中の風景-くらしの中によみがえる (中公文庫 い 139-2)

  • 作者: 石垣 りん
  • 出版社: 中央公論新社
  • 発売日: 2024/02/22
  • メディア: 文庫

 

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地政学て何? [読書]


 ロシアのウクライナ侵攻以来、「地政学」または「地政学的」という言葉をよく目にするようになりました。なんとなく言葉の雰囲気は分かるのですが、あらためて具体的な内容となると思い浮かびません。そんなおり毎日新聞の書評欄で佐藤優が奥山真司『世界最強の地政学』(文春新書)という本を取り上げ、「・・・傑作だ。アングロサクソン(英米)流の地政学に関する最良の教科書でもある。」と紹介していたので読んでみました。



 著者によれば「地政学とは「地理をベースとした国際政治、外交政策についてのものの見方、考え方」ということだそうです。ナポレオンは「地図を見せてみろ。あなたの国の対外戦略を当ててみせる」と言ったそうです。印象的だった事柄を私なりにまとめてみました。



 地政学において重要な概念として「シーパワー」と「ランドパワー」ということを取り上げていました。海洋での活動に重きを置くイギリスや米国がシーパワーの国で、ロシアや中国はランンドパワーの国。



 ランドパワーの国は歴史的に常に周辺からの侵略の脅威にさらされています。ロシアはモンゴル帝国に250年間近く支配され、ナポレオンやナチス・ドイツに攻められています。中国は周辺勢力による元や清のような征服王朝に支配されています。ロシアは外からの侵略を恐れ、周辺に緩衝地帯を置こうとします。中国は万里の長城を築きました。恐怖のなせる所業です。



 ナポレオンが16年かけてもイギリスに勝てなかったのは、イギリス海峡の制海権をイギリスに握られていたからとのことです。シーパワーとは制海権によって航路、港湾を確保し、物流、兵站、情報などをコントロールする力です。



 かってイギリスや米国はスエズ運河、パナマ運河を支配下に置き、南アフリカ、インド、シンガポール、フィリピン、香港などを支配下もしくは影響下に置き、またインド洋と太平洋を結ぶマラッカ海峡の航行を守り、軍事基地を各地に保有しています。



 海にしろ陸にしろ、ルートとチョーク・ポイント(線と点)も地政学に重要な事項です。道、砦、港、航路など物資や兵隊の移動に欠かせない施設で、各国にとって歴史的に重要視される場所があります。



 たとえばロシアが対外進出しようとする時、バルト海はかつてはロシアの内海で、日本海海戦ではバルチック艦隊が遠征してきました。次に黒海に面したクリミア半島とバルカン半島から地中海へ、アフガニスタン・インド、ポーランドからドイツ、シベリアからウラジオストクという5つのルートがあるそうです。現在はバルト三国もポーランドもEU加盟国になっています。



 なんとなくロシアがウクライナに侵攻した地政学的な誘因が見えるようです。冷戦に敗れ緩衝地帯が無くなり、直にNATOと向き合う恐怖が根底にあるのでしょう。



 中国については、世界の工場となっていますが、人口比でみれば資源大国ではなく資源や食糧の輸入と製品の輸出のため、自由経済システムに依存しています。航路の安定が重要になっており、現在は米国によるマラッカ海峡の保全などに頼っています。中国が南シナ海など航路への進出を企てている理由だそうです。



 日本は海に囲まれていますが、シーパワーの国ではなく、ランドパワー的思考があるそうです。明治時代から陸軍がランドパワーの国であるドイツに学んだ影響で、ロシアの南下を恐れ、朝鮮半島や満州に緩衝地帯を作ろうとしました。



 個人に思考のクセがあるように、国家にも身についた戦略があるようです。米国は第2次世界大戦に勝利すると、次はソ蓮に対抗するために、かっての敵国である日本、ドイツと手を組み冷戦に勝ち、日本がのし上ると関税などで貿易戦争をしかけ、中国がGDPで2位になると対抗措置を採ります。3位と手を組み2位を追い落とすという戦略です。



 著者は1972年横浜生まれ。イギリスの大学で地政学を学んだ国際地政学研究所上級研究員だそうです。世界の動向を理解する上で地政学的な視点というのも参考になると教えてくれた一冊でした。


#「歴史から現在を見る」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2024-03-09


世界最強の地政学 (文春新書)

世界最強の地政学 (文春新書)

  • 作者: 奥山 真司
  • 出版社: 文藝春秋
  • 発売日: 2024/04/19
  • メディア: Kindle版

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夏の蕪村 [読書]


 本棚の奥から引っ張り出した『蕪村句集』*の「夏之部」を眺めていると、いろいろな句が目に留まります。与謝蕪村(1716-1783)という人の言葉への特異な感性が窺われます。


   ほとゝぎす平安城を筋違(すぢかひ)

   すヾしさや都を竪(たて)にながれ川


 京都の町を空から眺めた視点は新鮮で意外性があり、切り口のおもしろさに賭ける俳句の面目発揮です。


   牡丹散りて打かさなりぬ二三片

   ちりて後(のち)おもかげにたつ牡丹かな


 牡丹の花の華麗な姿を散った後や残像として捉える卓越した手腕には感歎するほかありません。


   涼しさや鐘(かね)をはなるゝかねの声

   蓮の香や水をはなるゝ茎(くき)二寸


 鐘の音の余韻や蓮の香が視覚的に表現されています。松尾芭蕉の「岩にしみいる蝉の声」の反響でしょうか。蕪村は生涯、芭蕉を意識していたようです。


   端居(はしゐ)して妻子を避(さく)る暑さかな

   夏河を越すうれしさよ手に草履(ざうり)


 こんな生活感のあるユーモラスな句もあります。「夏之部」を散見しただけで目に留まる句が次々に現れます。変幻自在な視点で生活の中に詩を見つけています。


*清水孝之 校注『新潮日本古典集成 璵謝蕪村集』(新潮社)


 

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ピアノ・トリオを聴きながら [読書]


 今年の1月にマイク・モラスキー『ジャズピアノ上/下』(岩波書店)という本が、毎日新聞の書評欄で紹介されていたのですが、書店に行くと同著者の『ピアノトリオ』(岩波新書)というのが平積みされていました。前書は2巻本の大著ですが、こちらは新書なので、とりあえず読んでみることにしました。「モダンジャズへの入り口」という副題が付いていました。



 著者は1956年セントルイス生まれで、ジャズ・ピアニストの経験があり、早稲田大学教授でもあり、『戦後日本のジャズ文化 映画・文学・アングラ』(青土社)でサントリー学芸賞を受賞しています。編集者の手助けがあったようですが、良く分かる日本語で書かれています。



 読み出してまず驚いたのは、「パーツ別に聴く」ということでした。どうしてもメロディが耳につくのですが、ベースがリズムとハーモニーの基本になっているので、まずベースの音を聴く。ピアノは左手の音を聴き、また別に右手の音を聴く。ピアニストによって手の使い方に特徴があるそうです。



 なんともマニアックな聴き方だなと思ったのですが、試してみると確かに、今まで聴いていなかった細部に耳がとどき、演奏が立体的なった気がします。左手は時々コードを鳴らすだけの人、常に左手が音を出しているピアニストなどいろいろなことに気が付きます。



 ビッグ・バンドの演奏だと大きなホールが必要ですが、小さなバーやクラブ用に、また演奏中にも飲み食いできるようにピアノ・トリオが作られたとか、初期のピアノ・トリオはピアノ、ベース、ギターの組み合わせだったが、1950年代半ばからギターに代わってドラムになったとか、ジャズの歴史が所々で語られています。



 そしてピアノ奏法・・・ユニゾン奏法、ブロックコード、ロックハンド奏法といった素人には理解しにくい話もありますが、その後、ジャズ・ピアノの名盤についての具体的な解説が続きます。



 例えばレッド・ガーランドのアルバム『グルーヴィー』について、1曲目の <「Cジャム・ブルース」の 1:25-1:40 におけるガーランドの左手のリズムに注目したい。(中略)この一五秒間を繰り返し聴いてもらうことになる。目的は、読者自身が身体でガーランドの左手が刻むリズムを感じ取るようになることである。>



 確かに漫然と聞き流していては、分からないことが聴こえてくるのかも知れません。今後はせめてピアニストの左手と右手を意識して聴いてみようかと反省させられた読書でした。


#「愛でるということ」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2024-01-20




ピアノトリオ モダンジャズへの入り口 (岩波新書)

ピアノトリオ モダンジャズへの入り口 (岩波新書)

  • 作者: マイク モラスキー
  • 出版社: 岩波書店
  • 発売日: 2024/03/25
  • メディア: Kindle版

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西行の身と心 [読書]


  風になびく冨士の煙の空に消えて

       ゆくへもしらぬわが思ひかな (西行)


 九百年前の平安末期から鎌倉時代を生きた西行には愛誦される歌や伝説、逸話が多く、それだけ人々を惹きつける魅力があるようです。先月の毎日新聞の書評欄に寺澤行忠『西行 歌と旅と人生(新潮選書)という本が紹介されていました。著者は長年に亘って西行の歌の写本間での異同・正誤を研究してきた学者だそうです。



 一読、文章は平易で、学者にありがちな過度なこだわりがなく、評論家的な強すぎる思い入れもなく、淡々と西行の歌、旅、人生について過不足なく記述されていました。長年付き合ってきた人物を紹介するような雰囲気です。



 西行(俗名・佐藤義清)は藤原北家につながる家系で紀ノ川右岸に知行地を持ち、奥州・藤原氏とは縁続きで、生涯に2度、奥州を訪れています。15歳頃から徳大寺家に使え、その後、鳥羽院の北面武士となり、そこでは同い年の平清盛も北面武士だったので、顔見知りだっただろうということです。



 そして、23歳で出家します。原因は定かではありませんが、待賢門院璋子へともいわれる叶わぬ恋などが挙げられています。京都近郊で暮らしたあと、26歳の時なぜか奥州に旅しています。



  吉野山梢(こずゑの花を見し日より

     心は身にもそはずなりにき



 西行が桜を好み吉野に庵をむすんだことはよく知られていますが、時期は特定できませんが大峰修験にも2度出かけています。過酷な修行であったようですが、西行は屈強な人だったようです。。32歳からは高野山を拠点とし、30年ほど暮らしています。この間に各地を訪れているようですが、特に、讃岐へ行き、配流され亡くなった崇徳院(待賢門院璋子の息)の陵に参り、空海の遺跡を巡っているのが知られています。



 源平合戦の時代を潜り抜け、晩年の6年は伊勢で暮らしていますが、69歳の時、平氏に焼かれた東大寺の再建のために、2度目の奥州への旅を行っています。平泉・藤原氏に砂金などの寄進を依頼するためでした。途次、鎌倉で源頼朝に出合っています。高齢で伊勢から平泉へよく往復できたものです。



  年たけてまた越ゆべしと思いきや

    命なりけり小夜の中山



 奥州藤原氏が頼朝によって滅ぼされた翌年、西行は73歳で、願ったように桜の時に河内の弘川寺で亡くなっています。壮健な身体に感受性豊かな心が宿っていたのでしょう。伝説化されるに相応しい一生だったように思われます。



  心なき身にもあはれは知られけり

    鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮れ




西行:歌と旅と人生 (新潮選書)

西行:歌と旅と人生 (新潮選書)

  • 作者: 寺澤 行忠
  • 出版社: 新潮社
  • 発売日: 2024/01/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

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トリは鳴き ヒトはウタう [読書]


 30年ほど前に読んだ『ゾウの時間 ネズミの時間』(中公新書)が大変面白かったので、著者・本川達雄の新刊『ウマは走る ヒトはコケる』(中公新書)が出ていたので読んでみました。著者はわたしと同い年の生物学者で、「歌う生物学者」としても知られています。



 前著と同じような調子の本だろうと、気軽に読み始めたのですが、これはまるで運動解剖・生理学の教科書のようで、動物の歩く、走る、泳ぐ、飛ぶという行動のメカニズムを詳述しており、読み進みながら段々と講義を受けている気分になり、時々、眠気に襲われました。



 とは言っても、興味深い話が色々ありました。たとえば、インドからツルがヒマラヤを越えてモンゴルへ繁殖にいくことは知っていましたが、人間が酸素ボンベを付けて登っている遥か上空(酸素濃度が1/3で、気温-60度)を、なぜツルは飛べるのか? そういえばツルは高山病にもならず、凍傷にもなりません。



 トリの呼吸器は哺乳動物のに比べ格段に性能が良いそうです。ヒトでは4.5 ℓ の肺容量に対し、1回の呼吸で1/10しか換気できない.。それはヒトでは袋状の肺胞へ空気を出し入れしてガス交換しているからで、トリではガス交換器が管状になっており、気嚢という装置によって空気は吸った時も吐いた時も常に一定方向に流れる効率の良い仕組みになっているそうです。



 トリは体温が40°Cもあり、全身がダウンで覆われています。また露出している脚には対交流熱交換装置があるそうです(暖かい動脈に接して静脈が取り囲み熱をもらう)。



 身近なところでは、魚は普段は血合筋で背骨をくねらせながら泳いでいるそうです。血合筋には毛細血管、ミオグロビン、ミトコンドリアが多く、有酸素運動用で、クルージングに適しています。一方、白身は瞬発運動向きで、ヒラメやタイなどは一定の場所に留まっているのだそうです。普段気にしない事柄の生理学的な理由に気づかせてくれます。解剖学・生理学は退屈ですが、生き物が生きていく基本条件のようです。


#「「顔」のでき方」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2022-03-02


ウマは走る ヒトはコケる-歩く・飛ぶ・泳ぐ生物学 (中公新書 2790)

ウマは走る ヒトはコケる-歩く・飛ぶ・泳ぐ生物学 (中公新書 2790)

  • 作者: 本川 達雄
  • 出版社: 中央公論新社
  • 発売日: 2024/02/21
  • メディア: 新書

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ラジオと紀行の兄弟 [読書]


 車で通勤していたころ、ラジオで「日本全国8時です」という15分ほどの番組をよく聞いていました。森本毅郎が司会し、日替わりで佐瀬稔(スポーツ)、荒川洋治(読書案内)、森田正光(天気)などが話題を提供します。話題への興味もさることながら、森本毅郎が話題提供者の話に疑義をはさんだり、混ぜ返したり、司会と演者との絶妙なやり取りが魅力になっていました。



 以前から旅行記や評論のようなものを何冊か読んでいる森本哲郎は、ラジオの毅郎の兄です。彼の『旅の半空(なかぞら)』(新潮社 1997年刊)を見ていると・・・



 <・・・父・杉雄は明治二十八年十月三日、和歌山県海草郡巽(かいそうぐんたつみ)村大字阪井(おおあざさかい)に生れた。(中略)/ 父の父、すなわち、ぼくの祖父は森本直楠(なおぐす)といい神官だった。神主姿の写真が残っているから、これは確かである。父はその直楠の五男だったが、生来、真面目だったようで、そのためか直楠は大いに期して自分の跡を継がせようとしたらしい。そこで、大阪府立岸和田中学校を終えると、「祭式検定証」を取らせ、和歌山市和田にある竈山(かまやま)神社の主典(しゅてん)として出仕させた。そして、半年後、伊勢の神宮皇学館へ入学させ、父は大正十年に卒業している。/そのころ、直楠はは和歌山の東照宮、のちに天満宮の神官をつとめていた。>



 こんな記述がありました。巽村阪井も竈山神社も東照宮、天満宮も、我が家からは遠くない場所です。ラジオや本で親しんだ森本兄弟のルーツがこんな近くに有ったのかと驚きました。



 そもそも著者・森本哲郎は、明治44年に夏目漱石が和歌山へ講演に来て、翌年、和歌山を舞台とした小説『行人』を書いているので、漱石の足跡を追って和歌山に出かけたのでした。



 漱石は8月15日、県会議事堂で一千人の聴衆を前に、「現代日本の開化」と題して講演しています。講演後、宿舎の望海楼へ戻ろうとしますが、暴風雨で、望海楼は危険だとして富士屋に宿を変えますが、停電し、一晩中、吹き荒れたと日記に記しているそうです。この時の体験が和歌浦や東照宮などと共に『行人』の筋立てに生かされているとのことです。



 森本兄弟の父親は神宮皇学館を卒業したのですが、神職には就かず、中学・高校の国語教師として暮らしたそうです。哲郎が何故か、と問うと、父親に毎朝、東照宮の石段を一段一段掃き清めさせられて、いやになったと笑いながら言ったそうです。確かに、わたしも近所なのですが、東照宮へは石段を下から見上げるだけで、一度も登ったことがありません。


#「海岸民族って何?」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2023-11-10


旅の半空

旅の半空

  • 作者: 森本 哲郎
  • 出版社: 新潮社
  • メディア: 単行本

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歴史から現在を見る [読書]


 今年は選挙の年のようです。それでいつも不思議に思うのは、米国ではなぜ火曜日に選挙をするのか? 共和党の大統領候補がほぼトランプさんに決まったのも先日のスーパー・テューズデイでした。



 netにあった解説では、アメリカは清教徒の国だったので、日曜日は安息日で仕事をしてはいけない日なのだそうです。そして月曜日に馬車で投票にでかけても、国が広いので、間に合わない人がいるので火曜日なのだそうです。大統領選挙は11月の第1月曜日の翌日と法律で決まっているとのことです。



 負けると、選挙に不正があったと騒ぐような人がまた出てくるのも不思議ですし、どちらにしても、後期高齢者に国家を任せようとする国民も不可解です。



 この間から読んでいる片山杜秀『歴史は予言する』(新潮新書)は「週刊新潮」に連載しているコラムをまとめたものですが、時事的な話題を過去とのつながりから考えようという視点で綴られた面白い本です。特に学校で習わなかった近代史にうといわたしには、教えられることがたくさんありました。



 <明治14(1881)年3月4日。横浜港にハワイの国王、カラカウアがやってきた。近代日本が初めて迎える国家元首である。・・・皇居で明治天皇と会談した。・・・/カラカウアは何をしに来たのか。物見遊山ではない。交渉事があった。ハワイへの移民を日本の国策としてもらえないか。・・・/ハワイは米国に侵食されつつある。西洋人の齎(もたら)した疫病のせいでハワイ人は激減。米国からの移民が闊歩し、砂糖栽培で儲け、政治にも介入。この調子では早晩、植民地にされる。・・・/カラカウアは天皇に訴える。東洋諸国の大同盟を作ろう!・・・日本さえその気ならば、大同盟を説いて回るという。・・・/そこでカラカウアは大胆な提案を付け加えた。・・・山階宮定麿(やましなのみやさだまろ)王・・・素晴らしい青年だ。・・・姪を嫁として差し上げたい。/明治天皇も、岩倉具視や伊藤博文や大隈重信も困った。・・・大陸と半島のことでわが国は飽和している。・・・西南戦争からまだ4年。・・・太平洋のことまで考えられない。日本はハワイの提案を、移民の件以外はすべて斥(しりぞ)けた。・・・/ハワイが米国に併合されたのはそれから17年後。・・・> 日本の真珠湾攻撃は60年後。



 こんなふうなコラムが続きます。ロシアとウクライナの歴史的な関係とか、台湾に逃れた蒋介石が中国本土へ侵攻しようとして米国・ケネディ大統領に武器援助を頼んだが断られた話など興味深い話題が満載です。歴史を知ることによって、現在の有りようの基盤が見えてくるような気になります。



#「何を考えていたのか?」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2023-06-16


歴史は予言する(新潮新書)

歴史は予言する(新潮新書)

  • 作者: 片山杜秀
  • 出版社/新潮社
  • メディア: Kindle版

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女優の写真 [読書]


 川本三郎の新刊『映画の木洩れ日』(キネマ旬報社)を読んでいると、<昭和三十年代に活躍し、人気があるなかで若くして引退してしまった女優といえば、日活の芦川いづみ、大映の叶順子、そして松竹の桑野みゆきだろう。> とありました。それで思い出したのですが、わたしが小学生のころ、高校生だった兄の勉強机の前に桑野みゆきの写真が貼ってありました。この兄は器用で、模型飛行機を作っても真っ直ぐ飛ぶし、メジロを飼ったり、蚕を育てたりしていました。他の兄は南海ホークスのファンでしたが、この兄が巨人ファンだったので、わたしも巨人になりました。わたしが中学生のころ、兄は大学受験がうまくいかなかった時は、溜池で鮒釣りをしていました。



 この兄は 28歳の夏に、名古屋方面への車での出張の帰り、名神高速道路の路側帯に停まった車の運転席で亡くなっていました。クモ膜下出血でした。服のポケットに伊良湖岬の喫茶店のマッチがあったそうです。わたしは大学生でした。



 兄には自転車の後ろに乗せてもらって、隣町の映画館へ連れていってもらいました。わたしは田舎育ちなので、東京生まれの川本三郎のように、青少年のころからいろんな映画が観られたわけではありません。



 本書では桑野みゆき主演の映画「明日をつくる少女」(1958年)についての話の中で、原作者・早乙女勝元の脚本担当・山田洋次との出会いの思い出を引用し、<当時、早乙女勝元は葛飾区の新宿(にいじゅく)に住んでいた。ある時、山田洋次を近くの柴又に案内した。/「畑や雑草地だらけの道を柴又駅に出て、すぐ鼻先の参道のアーチ近くをくぐると、両側に草だんご屋やみやげ物屋が何軒か、ひくい軒をつらねていた。客足が少ないせいか、どの店も閑散たるもの。(後略)」(『東京新聞』二〇一〇年、十二月十一日)>  と後の「寅さん」の 柴又と「明日をつくる少女」との縁を記していました。年を重ねると、思いがけないつながりに出会い、いろんなことを思い出します。


#「わたしの昭和30年代」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2024-01-13


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愛でるということ [読書]


 正月には「おめでとう」と言葉を掛け合いますが、「おめでたい」とはどういうことだろうと本*を見てみると、< めでたいは「愛(め)でる」という動詞から出ている。古語では「愛づ」になる。人や物の美しさ、すばらしさに心が引き付けられる気持ち、美しいもの、かわいらしいものに感心し、深い愛情を抱くことがメデルである。すばらしいものを褒めるのである。メデタイはは動詞メヅの連用形メデに「はなはだしい」の意味の形容詞イタシを付けた複合形メデイタシから出ている。> とありました。



 なるほどと思いますが、以前に読んだはずなので、またすぐに忘れてしまうでしょう。これだから読書は本箱にある本を読み返しておればいいようなものですが、毎週の新聞の書評欄も気になります。



 今週はマイク・モラスキー『ジャズピアノ 上・下』(岩波書店)の紹介が目に止まりました。ジャズ・ピアニスト 150人について、<ジャズ史を源流までたどり、ピアニストごとの具体的な弾き方と個性、魅力をわかりやすく言語化した。/(中略)ビル・エヴァンスとマッコイ・タイナーについて、こう記す。「最も興味深い共通点は二人とも左利きであることに関連すると思う。(後略)」> そうなのか、ピアノは弾けませんが、わたしも左利きなので興味を唆られます。ただ 791ページもあるので少しためらいます。前著が『戦後日本のジャズ文化』とあり、それは 15年以上前に読んだと思い出しました。



 こんな本はやっぱり本屋さんで手に取って、ペラペラと中身を眺め、懐具合とも相談しながら考えるほかありません。わたしは気にいった本は手元に置きたい困った性分です。何かを愛でるというのは非合理的で無駄の多いことのようです。



*堀井令以知『ことばの由来』(岩波新書)

#「雨の日にはジャズ」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2023-06-02


ジャズピアノ: その歴史から聴き方まで (上)

ジャズピアノ: その歴史から聴き方まで (上)

  • 作者: マイク・モラスキー
  • 出版社/岩波書店
  • メディア: 単行本

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