SSブログ

島の夏祭り [雑感]

 夏になると村はずれの海岸にある神社の夏祭りを思い出します。夕暮れになると父親を「早く!」と誘って出かけました。夜店のアセチレンの明かりと臭いが小さな境内にあふれていました。ギョウセン飴をノミで割って売る店、氷と塩の中で筒を回しながら作るアイスクリン、お面を並べた店、金魚すくいなど心をときめかせました。郷里・淡路島でのことです。当時、父親は 40代だったはずです。


 神社は「枯木さん」とよんでいましたが、正式には枯木神社でした。御神体は「枯木」だと聞かされていました。その枯木につかまって静御前が流れ着いたのだと教えられたように思うのですが、どうも怪しいようです。


 「日本書紀」巻第二十二(推古天皇)には < 三年、夏四月、沈香(じんこう)が、淡路島に漂着した。その大きさは一囲(ひとかかえ)。島人は、沈香とは知らずに、薪といっしょに竈(かまど)でもやした。その煙が遠くまで薫(かお)った。そこでふしぎにおもい、献じてきた。*> と記載されています。


 枯木神社の枯木は香木の沈香だったようです。推古三年といえば 595年です。香木は朝廷に献上したとあるので、今の御神体との関係は不明です。


 何年か前の同窓会で聞いたところでは、夏祭りはもうやっていないようでした。地区の同級生は何とか孫たちに夏祭りを見せてやりたいと復活を模索しているようでした。帰郷のおり車で神社のそばを通りますが、子どもの頃、夜店がいっぱい並んでいた境内が、今見るとあまりにも狭いのに驚きます。


*『原本現代訳 日本書紀(中)』(山田宗睦 訳 ニュートンプレス)


nice!(26)  コメント(4) 
共通テーマ:日記・雑感

ささいな事で [雑感]

 1年ほど前から長く歩くと足の母趾が痛くなって、見ると爪の横が炎症を起こしていました。巻き爪になっているようです。数日すると治ってしまうので、放置していましたが、だんだん痛みの頻度が増し、化膿してきたので先日、整形外科を受診しました。


 早速、巻き爪矯正の処置をしてくれました。爪の左右の角に細い針金を引っ掛け、引っ張って、針金を接着剤で爪に固定したようです。痛みもなく10分ほどで終わりました。翌日には巻いていた爪が平坦になっていました。爪が生え変わるまで、数ヶ月は経過観察する必要があるようです。


 巻き爪の原因はいろいろあるようですが、私の場合、引きこもり生活で歩行量が少なくなり、足底への圧負荷が減ったのが主原因ではないかと思われます。ちょうどコロナ禍や病気やらで、ここ数年はすっかり外出が少なくなっていました。


 巻き爪矯正処置を行ったので、これからは時々出かけようと思っていますが、コロナは第7波の兆しが見られます。毎日、薬を服用している身なので、弱毒化しているとはいえコロナに感染した場合の病状の予測がつきません。


 3年前、長兄、三兄が相次いで人工呼吸器に繋がっているのを見舞いに行ったので、肺炎はかなわんなと思います。


 爪の湾曲が少しきつくなっただけで、トゲが刺さるように痛んで歩けなくなってしまう。ささいな事が原因で簡単に日常生活はさし障りを受けます。


 普段、何気なく暮らしていて、いつのまにかのちょっとした変化が、ある日、困り事として現れるというのは、誰でもよく経験することです。蛇口から水が漏れ出したり、車の窓が動かなくなったり、水管橋が崩落したり、日頃のメンテナンスは大切ですが、際限がなく、いき届かないのが日常というもののようです。


「からだで生きている」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2018-10-15

nice!(20)  コメント(6) 
共通テーマ:日記・雑感

子供という種族 [雑感]

 昔のスライド写真をスキャナーで取り込んでいると、子供たちが生き生きと休みなく動きまわっている姿が現れます。どこで撮ったのか記憶にない写真がたくさん出てきます。ふざけたり、木に登ったり、道に転がったり画面からはみだすような活動ぶりです。長男が10歳、次男が6歳の頃です。


IMG00035.jpg


 大人たちは憮然と立っていたり、すましていたり、微笑していたり、あまりエネルギーの発散は感じられません。


 先ごろ読んでいた作家のサロイヤンが、< 子供という人種は元気で熱心で、物を知りたがり、無邪気で空想力に富み、健康で信念に充ちている。これに反して大人という種族はだいたいにおいて萎びて無気力で空想力がなく、不健康で信念を持っていない。 >* と書いているのを読んで、苦笑しながらも同意せざるを得ませんでした。


 いま取り込んでいる色褪せたスライドは 34年前のものなので、ちょうど一世代が経過して、画面の子供たちは父親の年になり、新しい子供たちが活躍するようになっています。萎びて無気力で不健康な世代は過ぎ去った時間の中に想いを馳せます。


*『ウィリアム・サローヤン戯曲集』(加藤道夫/倉橋健 訳 早川書房)

#「セピア色の画像」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2022-06-04

#「読み比べも楽し」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2022-04-08

nice!(23)  コメント(2) 
共通テーマ:日記・雑感

セピア色の画像 [雑感]

 デジタル・カメラを使い始めた2004年より前は、旅行の記録はカラー・スライドで撮っていました。プロジェクターで見ると大きく鮮明な画像が多人数で楽しめました。ただ現像ができて初めて見る時はいいのですが、後でちょっと見るには用意が億劫で、あまり見なくなります。


 息子たちが独立し、それぞれ子供を持つ身になっているので、昔の家族旅行のスライドをデジタル化して渡そうと思って、スライド・スキャナーを買ってみました。


 手始めに 1973年にわたしが大学生の夏休みに友人と出かけた南九州・奄美大島旅行のスライドをスキャンして SDカードに取り込みました。出来具合を見て唖然としました。画像は劣化し、セピア色になっていました。


 なんとなく印画紙のカラー写真は経年変色しても、スライドは大丈夫と思い込んでいたので、画面に映る画像にはショックを受けました。49年経つとこんなになるのか・・・と、生きてきた記録が失われた気がして気分が落ち込みました。


 毎日何十枚かずつスキャンするとして、30年分でいつまでかかるのか? 何年前のものから劣化が少なくなるのだろうか? 不安になってきます。


 それでも画像を見ると忘れていたことが思い出されます。南九州に一緒に行った友人は一人息子で、今まで旅行したことがないので、連れていってくれということで同行することになったのでした。


 西鹿児島まで夜行列車で行き、桜島、佐多岬、枕崎、指宿、霧島、青島と巡りました。この間、友人は毎日、家に電話しているので意外に感じました。わたしには旅先から親に連絡する習慣はありませんでした。日常のしがらみから解放されるのが旅の楽しさと思っていました。今から思えば、友人にとって毎日電話するのが、息子の旅行を心配した親の旅行許可の条件だったのかも知れません。


 愉快な毎日だったのですが、友人はどういう訳か宮崎で、もう帰ると言い出し、あっさり宮崎空港から飛行機で帰宅してしまいました。その後、わたしは鹿児島港から船で奄美大島へ渡り、加計呂麻島などへ行きました。お金を使い果たし、帰りは 13時間飲まず食わずの汽車旅でした。


 翌年、わたしたちは共に就職しました。社会人として希望に満ちていた二年目の夏、友人は職場の懇親旅行で海水浴に行き、水難事故で他界しました。47年も前のことですが、セピア色に変色したスライドの中で、友人がにこやかに笑っているのを見ると、当時のことが鮮明に思い出されます。


 褪色はしょうが無いかと諦めながらスライドのスキャンを続けていましたが、ちょうど長男から電話があったおりに、スライドの劣化のことを話題にすると、長男は事もなげに「画像修復ソフト」があるから大丈夫と言います。


 調べてみると確かにフリーの画像ソフト(GIMP)で、ある程度の修復は可能なようです。何事もひとに話したり、ネット検索することで思わぬ情報がみつかるようです。それにしても記録と記憶の整理とでもいえる厄介な作業を始めてしまったものです。



nice!(23)  コメント(8) 
共通テーマ:日記・雑感

患者さんはつらいよ [雑感]

 今季のプロ野球・バファローズは、佐々木朗希に28年ぶりの完全試合を達成され、主力選手の宗、福田、杉本、安達そして吉田正尚までもが新型コロナに感染し、ついに7連敗と散々な目に遭っています。去年、優勝したから今年は「お疲れ休み」でいいかと、もう半ば諦め気分です。


 28年前の槙原寛己の完全試合の時は、最後のバッターのサード・フライを長嶋一茂が落球しないかハラハラとしながらテレビ観戦したのを憶えています。その槙原も 1985年にはバース、掛布、岡田に甲子園バックスクリーン3連発をくらって唖然としていた姿も目に残っています。人には良い時も悪い時もあるようです。


 そんな訳でも無いでしょうが、わたしも数年前から経過観察していた部位を、一泊入院で検査しようということになって、検査を受けましたが、退院後になって検査部位から出血しはじめ、連休中の救急外来を受診し、処置を受け十日間ほどの自宅療養を余儀なくされました。


 お医者さんは気軽に十日間と言いますが、苦痛を強いられる患者さんは大変です。医者の言う「念のための検査」というのにも落とし穴があります。


 不振を続ける昨年のホームラン王・杉本裕太郎はコロナの自宅療養を終えて、復活するでしょうか。明日はまた佐々木朗希との対戦のようです。わたしも自宅療養あけで試合を楽しみにしています。


#「プロ野球の楽しみ」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2021-06-04

nice!(21)  コメント(4) 
共通テーマ:日記・雑感

顔の記憶 [雑感]

 どういうわけか数日前、頭の中でかすかに旋律の一部が繰り返し聞こえ始めました。これは何か聞いたことのある唄だなと思いましたが、思い出せません。一時間ほどして、ふと、”春風にのって” だったかなと思いついて、YouTube で検索してみましたが、該当するものはありませんでした。


 また一時間ほどして、ふと ”そよ風にのって” かな? と YouTube を見てみると、有りました。マージョリー・ノエル「そよ風にのって」でした。Wiki.で調べると、1965年に流行ったフレンチ・ポップスでした。確かに私が高校生だったころ、ラジオからよく流れていました。


 それにしても、57年も前の曲がなぜ耳の奥で鳴り出したのかは不思議です。何か記憶を呼び覚ます誘引があったのでしょうか? 思い当たりません。


 記憶というのは不思議なものです。数年前、列車に乗っていると、後方から中年の女の人が近づいてきて、「 Aさんですね」とわたしの名前を呼んで、親しげに話しかけてきました。怪訝な気持ちで相手の顔を見ていると、「〇〇で一緒に仕事をしたアヅミです」と言います。確かに、わたしも〇〇で働きましたが、安住さんという名前に記憶がありません。しげしげと風貌を眺めましたが、思い当たる人がありません。「どうも思い出せません・・・、15年も経つと、女性は姿かたちが変わるんでしょうね、申し訳ありません」と謝りました。女の人は納得できないようすで、後方に戻っていきました。


 自宅に帰ってから、当時の職員名簿を繰ってみました。安住さんは見当たりません、が、アッ!、渥美さんというのが有りました。渥美さんならなんとなく記憶に残っています。あの人は渥美さんだったに違いありません。失礼なことをしてしまったと、落ち込みました。わたしが「アツミ」を「アヅミ」と聞き違え、「安住さん」と勝手に思い込んで迷路に入り込んだようです。


 その時、その女性の名を「渥美さん」と聞き取っていれば、名前から記憶が蘇っただろうにと悔やまれました。一般に、顔は分かっているのに名前が思い出せないことは多いですが、逆に、顔認証はできなくても名前で思い出すというのもあると体験しました。記憶というのは、やはり不思議なものです。






nice!(23)  コメント(2) 
共通テーマ:日記・雑感

春の散歩 [雑感]

 すっかり春になったので、久しぶりに紀ノ川の堤を散歩しました。土手には黄色いタンポポが咲き、空ではさかんにヒバリが囀っています。川面はきらめき、河川敷では子供たちがボール遊びをしています。しばらく歩くと皮膚が焼け、ビタミンDが産生された気がします。


 今年の冬は寒さとオミクロン株で、引きこもっていました。川べりの道には同年代の同じような散歩者が行き交っていました。


  萠(も)ゆるものなべて幼く春の日の

      光のなかに紛(まぎ)るるもあり (吉植庄亮)


 本を読んだり、音楽を聴いたりしているだけでは、筋力が落ちてきます。わたしは元々、握力が 25Kgくらいしかありません。先日読んだ『「顔」の進化』*という本によれは、チンパンジーのオスは握力が 300Kgもあるそうです。人間の成人男性が 40Kg位なので < 力は「七人力」ともいわれる。実際に、京都大学教授であった、故・西田利貞氏は、野外調査で仲よくなったチンパンジーに肩をつかまれて、ポイッと放り投げられた。まるで、人間が猫を扱うように。オスのチンパンジーは体重が 55Kgほどしかないが、それにもかかわらず異常なほど力持ちに思われるのは、逆に私たちの筋力が低下して虚弱になったからと考えられる。 > と書いていました。


 なるほど、わたしたちは進化の過程で失ったものも多くあったのでしょう。そして、筋力の代わりに知力を手に入れたはずですが、世界の報道に接していると、なぜ暴力が絶えないのか不思議に思われます。しかし、基本的に「食う食われる」という動物が生きることに潜む深い闇の存在に気づき、慄然とします。


  鳴(なく)雲雀(ひばり)人の㒵(かほ)から日の暮るゝ (小林一茶)


 散歩した日は夜の眠りが深く、途中覚醒が少なくなります。失った筋力を取り戻し、知力を鍛え、日々を生き延びていきたいものです。


  *馬場悠男『「顔」の進化』(講談社ブルーバックス)



nice!(23)  コメント(8) 
共通テーマ:日記・雑感

ユーラシア漂泊 [雑感]

 やっと春めいてきて、新型コロナウイルスも感染者数が減少しつつあるようです。少し気分が安らぎます。一方、ウクライナでは風雲急を告げています。


 ウクライナで思い出すのは横綱・大鵬のことです。大鵬は1940年、樺太でウクライナのコサックの三男として生まれています。日本の敗戦によって、大鵬は日本人の母親と共に北海道へ引き揚げて来ました。父親はソ連軍に収容されたようです。


 わたしの子供時代(1960年代)、「巨人・大鵬・卵焼き」と揶揄されたように、大鵬は人気が高く、優勝32回と実力も抜きん出ていました。


 コサックといえば「ステンカ・ラージン」というロシア民謡にも唄われるように、ロシアとの関係は長年にわたって流動的だったようです。日露戦争では日本人はコサック騎兵隊に苦しめられています。ロシア革命ではコサックは皇帝側の白軍としてボリシェヴィキの赤軍と戦い、破れて弾圧・流刑されています。


 司馬遼太郎は『ロシアについて』(文藝春秋)で <コザックについては、/「ロシア人の顔をしたタタール人」/という印象が、かって存在した。(中略)しかしコザックを種族と見るのは力点の置きちがえで、かれらは歴としたロシア人ながらもロシア人一般とは文化を異にする漂泊(定住している者もいた)の辺境居住集団と見るほうがいい。辺境にいるためタタール(トルコ人やモンゴル人)とは多少の混血があったかもしれないが、(後略)> と書いています。


 ユーラシア大陸の西方からやってきたコサックの血が、相撲の力士として開花しました。そして最近、幕内に上がって来た王鵬(大鵬の孫)へと繋がっています。ウクライナの変転によって、いろんな人の人生が移り変わっています。


#「ロシアとの関わり」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2016-12-14


ロシアについて 北方の原形 (文春文庫)

ロシアについて 北方の原形 (文春文庫)

  • 作者: 司馬遼太郎
  • 出版社: 文藝春秋


nice!(23)  コメント(6) 
共通テーマ:日記・雑感

横綱になれるか? [雑感]

 大相撲の御嶽海が大関に昇進して、長野県出身の大関は江戸時代の雷電為右衛門(1767-1825)以来だと話題になっています。そんなに長野県には強い相撲取りが居なかったのかと驚きましたが、さて自分の出身地から大関・横綱が出たことがあるのかどうかは不明です。


 雷電は 16年間にわたって大関を保ち、生涯で 10回しか負けなかったという最強力士でしたが、なぜか横綱にはなっていません。


 宮本徳蔵『力士漂泊』(講談社文芸文庫)を見てみると、当時、相撲取りはほとんどが大名のお抱えで、谷風(横綱)は仙台・伊達、小野川(横綱)は久留米・有馬、横綱授与権を持つ吉田司家は熊本・細川の家臣で、それぞれ外様大名だったのに対し、雷電は譜代大名の松江・松平のお抱えだったので、外様諸藩が雷電の横綱昇進を妨害したと記しています。外様は老中にも若年寄にもなれない鬱屈を相撲で晴らしたとのことです。


 それでは長野県出身の有名なプロ野球選手はいるのかと考えてみても、思い浮かびません。隣県の山梨県なら堀内恒夫、愛知県ならイチロー、とすぐに思い当たります。


 誰かいるかと調べてみると、なつかしい名前がありました。松本深志高校出身の土屋正孝。わたしがプロ野球に興味を持ち始めた昭和 30年代の巨人の二塁手です。当時の巨人の内野陣は一塁・川上哲治、二塁・土屋正孝、三塁・長嶋茂雄、遊撃・広岡達朗でした。ただこの中では土屋は最も地味な選手だったかも知れません。


 雷電以来の大関・御嶽海は雷電を超えて横綱になれるか? 長野県人にとっては200年来の懸案かもしれません。



nice!(25)  コメント(6) 
共通テーマ:日記・雑感

年の始めに [雑感]

 また、一年が始まりました。年齢を重ねてくると新年の感慨も薄れてきます。もう大方のものごとは見てきたような気もします。ただ、この一年どう生きてゆくか、多少不安な気持ちも湧いてきます。


 老妻の叱咤(しった)の声にて年明けぬ

    一家といふはかくて保つか (筏井嘉一)


 今年の初夢は、どこか海のそばを車で走りながら、帰り道が分からなくなって茫然としているところで目が覚めました。どうして夢の中ではいつも困った事態に陥るのでしょう。大抵は夢でよかった・・と起き上がります。


 老いぬれば夢のゆめとも言ひつべき

    はかなき夢を多く見るかな (窪田空穂)


 雪のため遅れて、二日に次男一家が来訪しました。しばらく会わないうちに孫たちは成長しています。いつのまにか息子は中年になり、父親の分担をこまめに果たしています。ばあばはちゃっかり孫の遊び相手になっています。



 赤き実を咥(くは)へ一月の鳥日和(とりびより) (阿部みどり女)

 

 穏やかな三が日も過ぎ、また一年がめぐり始めました。やはりコロナ感染者数は増加しつつあります。今度の波はどの程度になるのでしょうか? ウイズ・コロナの生活はいつまで続くのでしょうか? 体力のあるうちに出かけてみたい場所もいくつかあります。日々、体操を欠かさず、筋力の維持に努めています。


  よみがへり芽を吹く春の来ることを

     知らぬさまにて冬木しづけし (川田 順)


  #「神社に詣でる」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2018-11-20  

nice!(22)  コメント(4) 
共通テーマ:日記・雑感