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わが名はアラム [読書]

 『トルコのもう一つの顔』(小島剛一・中公新書)の続編『漂流するトルコ』(旅行人)を読んでいると、あのあたりの少数民族の話しがでてきます。歴史上、アルメニア人は何度もひどい目に会って離散したそうです。

 W. サロイヤン(1908-81) はトルコ東部からアメリカに移住したアルメニア人の子供です。若いころ『わが名はアラム』(清水俊二訳)という小説が晶文社から出ていました。三浦朱門訳『我が名はアラム』(角川文庫)もありました。最近では柴田元幸訳・サローヤン『僕の名はアラム』(新潮文庫)も出ました。 学生時代に家庭教師のアルバイトで『My name is Aram』を英語のテキストに使った記憶があります。いいかげんな教師だったと恐縮しています。

 スケートの浅田真央さんが演技に使用して有名になった『仮面舞踏会』という曲は、ソ連のアラム・ハチャトゥリアン(1903-78) の作曲です。グルジア生まれのアルメニア人です。『剣の舞』という曲はときどき耳にします。

 移民、難民、越境、離散、侵略、併合、独立・・・ひとびとは揺れ流れ動いているようです。流れ着いた土地でそれぞれ花を咲かせています。

 壁で流れは止められるのでしょうか。  或る日、列島に大量のボート・ピープルが押し寄せるかもしれないとしても。


 

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過敏症と不耐症 [食物]

 寒い日が続いていますが、スギ花粉が飛びはじめたようです。花粉症という言葉を知ったのは学生時代に読んだ上村一夫の漫画でだった記憶があります。 そんな病気があるのか~と不思議に思いました。'70年代にはわたしの周囲にそんな症状のひとはいませんでした。しかし、わたしとわたしでないものとの峻別には過敏な時代であったように思います。

 アレルギーがふえたのは寄生虫の保有が減ったからだという藤田紘一郎の本が流行ったことがありました。その後の進展はどうなったんでしょう。 ここ数年、わたしも鼻炎に悩まされています。

 最近、小麦(グルテン)に過敏なひとも増えているようです。わたしも小麦製品を食べると6時間ほどすると調子がわるくなります。しょうがないので米粉の麺や粉もんを食べています。パンやパスタやラーメンが楽しめないのは困ったことです。 

 年とともにいろんなものに過敏になったり、耐えられなくなっていくのでしょう。五感は衰え、なんとか第六感を研ぎすまして生きていく他ありません。


 

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peekaboo [雑感]

 本州最南端の潮岬へゆくと、前面に広く太平洋が見渡せます。この海の向こうはアメリカか・・・と茫洋とした気分になります。しかし案内板をみると、正面はオーストラリアだそうです。確かに潮岬は南向きです。

 オーストラリアの首相とアメリカ大統領が電話会談で難民問題でやり合ったと話題になっていました。アメリカファーストと声だかに叫んでいますが、どこの国でも自国ファーストであることは自明で、そのうえで交渉するものだと思うのですが・・・トランプさんのニュースを見ていると、ドラえもんの登場人物か、子供のころのガキ大将が思い出されます。

 アメリカにいるもうすぐ2歳の孫の動画をみると、自分で「いないいないばぁ」をして何やら「ピーカブー」といっています。 英語では peekaboo というようです。人間は生後5−6ケ月になると「いないいないばぁ」をよろこぶようになるそうです。

 大人の世界では「いないいないばぁ」でまた出てくる顔を喜べるかどうかは疑問です。


 

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東風ふかば [雑感]

 二月になりました。若草山の山焼きもすぎて、日がすこし永くなりました。梅林の話題がちらほら聞かれます。

 梅一輪いちりんほどの暖かさ (嵐雪)

 服部嵐雪(1654-1707)は淡路国・榎列のひとだそうです。「蒲団着てねたる姿や東山」はことばの絵はがきのようです。蒲団が冬の季語ですが、どちらを頭に寝ているんでしょう。

 以前、北野天満宮へ行ったことがありますが、梅の木の種類が多いのに感心しました。当地では梅干し用の梅林で広いですが樹影は均一です。

 淡路島には西浦に都志という町があり、東浦に志筑という町があります。菅原道真が筑紫を志し、また都を志したことに因むという言伝えがあります。もうすぐ飯蛸の季節がやってきます。



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