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絵巻と書 [徘徊/旅行]

  出かけた名古屋で少し時間があったので、徳川美術館へ行ってみました。ちょうど「源氏物語絵巻」の「柏木(三)」と「宿木(一)」が展示されていました。毎年この時期に数点ずつ公開されるそうです。


 「源氏物語絵巻」は教科書などに載っていたと思いますが、引き目、鉤鼻のややしもぶくれな顔や、天井のない部屋の内部のようすなどの描写は教科書で見たとおりですが、案外、小さな絵で、九百年近くも前の巻物なので、それなりに燻んだ感じで、豪華絢爛という印象はありません。因みに江戸時代に描かれた「源氏物語絵巻」も展示されていましたが、人の顔は瓜実顔になっていました。


 特別展で良寛の書が百五十点も並んでいました。書道は小学生以来、縁がありませんが、こんなに屈託無く筆が運べたらいいだろうなと思いました。良寛は江戸時代後期の人間で、だんだんと不穏になる世を生きていますが、書にはそんな雰囲気はありません。彼の最期を看取った貞心尼は明治 5年まで生きています。 別に一休の書もありましたが、これはまた気迫に満ちた筆使いです。


 徳川美術館には尾張徳川家に伝わる鎧兜や刀剣、大名道具、茶道具、楽器なども展示されています。人も少ないので、ゆっくり眺めていられますが、こちらの体力がもちません。今回は「源氏物語絵巻」と良寛の書が見られたので、それでよしとする他ありません。

 

  月読のひかりを待ちて帰りませ

       山路は栗のいがの多きに (良寛)


 


 

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秋の散歩 [徘徊/旅行]

  やっと秋らしい爽やかな気候になったので、午後、数ヶ月ぶりに海岸を散歩しました。歩いても汗もかかず、海からの風が気持ちよく感じられます。波の音が規則的に聞こえ、沖に大きな船が間隔をおいて連なっているのが小さく見えます。


 波打ちぎわには 30メートル程おきに 10人ほどの釣り人が立っています。この季節、アオリイカでも狙っているのかもしれません。道にはこの間からの台風のためか枯れ松葉が敷き詰めたように落ちています。歩くたびに松の香りに包まれます。


 頭上ではトンボが群れて、不規則に飛んでいます。空はうす青く、雲は水平線のほうにしか見えません。目の前を蜂が横切っていきます。


 歩くにつれて、少し夕焼けになってきました。帰り道では風が顔にあたります。道のそばの民家の庭には昼顔が咲いています。少し休憩していると、あたりはすっかり暗闇になっていました。まだ 5時半でした。釣瓶落としといっても通じなくなっているかもしれませんが、暑い、アツイと言っているあいだにも、いつのまにか秋は進行していたようです。


   人に似て猿も手を組む秋の風 (浜田洒堂)


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海峡の街 [徘徊/旅行]

  瀬戸内海の西の出入口を見てみたいと、下関に行ってきました。何回か電車で九州へは出かけていても、列車は海底トンネルを通るので、海峡をゆっくり眺めたことがありませんでした。思った以上に幅が狭く、600mほどで、こんな水路で外海とつながっているのかと驚きました。潮の流れが勝敗に影響したという源平合戦の壇ノ浦の話(1185年)が思い出されました。


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 海岸の近くに、龍宮のような赤間神宮があります。明治以前は阿弥陀寺といって、海に没した安徳天皇と平家一門を祀っていたのですが、神仏分離で神社になり、「波の下にも都あり・・・」とのことで龍宮造りになっているそうです。境内には安徳天皇陵、七盛塚、芳一堂などがあります。ラフカディオ・ハーンの「耳なし芳一」はここの話だったのかと納得します。


 この辺りは赤間関または赤馬関ともいったそうで、下関は馬関ともいわれます。赤間神宮のそばには 1895年、日清戦争の講和会議の場となった春帆楼があります。李鴻章と伊藤博文、陸奥宗光らが集い、下関条約を締結した所です。だんだんとキナ臭い時代になってきます。


 水路のような海の向こうは九州です。各駅停車で下関の次は門司で、次は小倉、15分ほどで着きます。この海峡を遣唐使船や北前船、軍艦などが行き来していた姿が思い浮かびます。


 

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駿河のくに巡り [徘徊/旅行]

 今朝はセミが、かよわく鳴いていました。去年は 7月9日が聞き始めだったので、ほぼ同じころです。今年はつい先ごろ梅雨入りしたばかりですが、セミの声を聞くと、もう夏だと思います。


 先日、ふと思い立って静岡へ出かけました。駅前からバスに乗って御前崎の先端に立ちました。梅雨空で風もあり、海は岬の前だけ荒れ、波しぶきが顔に当たります。


IMG_2038.jpg


 階段を上がると灯台があります。明治 7年に建てられたそうです。そばに「喜びも悲しみも幾歳月」の歌詞の碑がありました。1957年の木下恵介監督の映画の主題歌です。小学生のころ、母親に連れられて隣町の映画館で観た記憶があります。


 翌日、大井川を見てみようと、東海道本線・金谷から、大井川鐵道に乗りました。線路は大井川に沿って南アルプスの方に登って行きます。1時間乗っても大井川の川幅は広く、川沿いの谷には茶畑が続きます。


 金谷の東隣の島田には、川越えの川会所や宿場の名残のような町並みがありました。この広い大井川を肩車されて渡ったのかと、川堤にに立って向こう岸を見渡しました。


 少し時間があったので、清水から三保の松原へ行ってみました。砂浜に出ると、海の向こうに伊豆半島が微かに見え、松原の向こう雲の上に、わずかに富士山が頭を出していました。





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新幹線から見える [徘徊/旅行]

   新幹線は車窓の風景を眺めるのには適していません。東海道もいつまでたっても、富士山くらいしか、見たという実感がわきません。いろんな物が見えているはずなのに・・・。


 一坂太郎『カラー版 東海道新幹線歴史散歩』(中公新書)をみると、大井川は新大阪駅から 325キロ・1時間26分、東京駅から 190キロ・58分にあるそうです。


   熱田(宮宿)から桑名へ海上を渡る「七里の渡し船着場跡」は新大阪駅から 180キロ・53分、東京駅から 334キロ・1時間31分で E席側に見え、その後ろに熱田神宮の森が見えるそうです。


 新幹線は移動の手段としか思えないのですが、あらかじめこの本で時間と、どの席側かを調べておけば、いろんな物が見えるようになりそうです。移動中の退屈しのぎによいかもしれません。




  


 

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峠越えの趣味 [徘徊/旅行]

 柳田國男「峠に関する二三の考察」を読んでいると、近江は四境ことごとく山なので、隣国へ越える五十二の峠路があると書いてあります。山城へ十八、伊賀へ八、伊勢へ九・・・といった具合です。


 山の鞍部を越えていくのが楽ですが、そんな部位を古くは「たわ」もしくは「たをり」と言ったそうです。今日の「たわむ」と語源を同じくし、柳田は「たうげ・峠」もそこから来ているかもしれないと述べています。そういえば昔、「田和」さんという同僚がいたのを思い出します。


 峠道は新しい道が開発されると、すぐ廃れてしまいます。まず沢を登る道ができて、次に物を運ぶに便利な勾配のゆるやかな道ができ、トンネルができてといった具合です。その都度、村落や茶店が古い道に取り残されます。


 「山岳会」に対抗して、峠越えの楽しみを報告し合う「峠会」を作りたいと、明治43年(1910)、35歳の柳田は冗談めかして書いています。


  山路来て何やらゆかしすみれ草 (芭蕉)




 

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散歩の道すがら [徘徊/旅行]

 ぶらりと散歩するのに、ちょうど良い天気なので山村を少し歩きました。出会うのは欧米人ばかりで、日本人を含め東洋人にはすれ違いません。何か趣味の違いでもあるようです。


 以前、やや太り気味のひとに「夕食後に歩いてみたら」と勧めると、「夜にその辺を出歩いていると、不審者と間違われる」とのことでした。用もないのに散歩などしているのは変なヒトという、まっとうな感覚です。


 国木田独歩『武蔵野』は明治31年の発表ですが、落葉樹林を散策する楽しさを発見しています。独歩は中国地方でこども時代を過ごしているので、武蔵野の広葉落葉樹林が目新しく感じられ、ツルゲーネフの小説の舞台が連想されたようです。


 当地は、南国ですので雑木はツバキ、ウバメガシといった照葉樹が多く、冬でも落葉が少なく、武蔵野とは風景が異なります。関東から来たいとこを山村に案内すると「緑が濃いなー」と驚いていました。


 この辺りでは、昔はツバキの葉で刻みタバコを巻いて喫う風習があったそうです。ウバメガシは備長炭の原料です。 変なヒトと思われないように、用事でもあるような顔をして、そそくさと歩いたほうがいいかなと、思ったりします。



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春の岬 [徘徊/旅行]

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 イカナゴ漁が解禁になりました。ここ数年は不漁続きですが、今年はどうなんでしょう。瀬戸内海の春の食べ物です。食べごろな大きさなのはいっときなので、時期には、毎日のように食べました。茹でてすぐのものか、茹でて数日、干したものがほとんどでした。


 むしろに展げて乾している中には、小さなタコも混じっていました。半乾きの物を手のひらに取って、おやつとしても食べました。釘煮という食べ方は大人になるまで知りませんでした。


 先日、紀淡海峡の見える岬に行ってみましたが、海は霞で、前の島々はぼやけていました。友ヶ島へは渡ったことはありませんが、廃墟となった要塞があるそうです。


  春の岬 旅のをわりの鷗どり

  浮きつつ遠くなりにけるかも


 昭和二年、二十七歳の春、三好達治は当時伊豆湯ヶ島に転地療養中の梶井基次郎を見舞って、そのあと下田から船で沼津へ渡ったらしく、その船中での感興だそうです(安東次男『花づとめ』中公文庫)。「鷗どり」は湯ヶ島に残してきた梶井の映像で・・・「春の岬」は叙景歌ではない、と安東次男は記しています。



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いざ鎌倉 [徘徊/旅行]

 先日、鎌倉へ出かけてきました。天気が良くて温かで、江ノ島の向こうに箱根や富士山が見渡せました。中学の修学旅行以来なので、55年ぶりです。鎌倉は鉄道の幹線からはずれているので、目的にしないと寄りにくい場所です。


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 鶴岡八幡宮や長谷大仏はむかしの記憶がかすかに残っていました。腰越川という標識をみると源義経のことが思いだされます。それにしても頼朝は何故こんな狭い場所に幕府をひらいたのか不思議です。

 

 昭和12年9月24日、中原中也はともに鎌倉に住んでいた小林秀雄を訪ね、詩集『在りし日の歌』の清書原稿を託しました。いろいろなことがあった二人の最後の語らいでした。


 坂の多い町なのでつま先が痛くなります。小腹が空いたので、店を覗くと、どこもシラス丼がおすすめのようでした。磯辺餅をいただきました。


 今年はどんな年になるのか・・・犬のように嗅覚に導かれて、さまようのもいいかもしれない。ことしは古稀になります。



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路地をさまよう [徘徊/旅行]

 知らない土地をぶらぶらと歩き巡るのは楽しいものです。迷子になりながら、かといって冒険というほどでもなく、ひとのにおいのする路地や道を気ままにぶらつく。


 運動のためではなく、調査でもなく、目的もなく、巡礼でもなく、行き当たりばったりにほっつき歩く。だいたいあの辺りとだけ決めて。


 どこへ行ってみたいか・・・山陰の益田あたり、国東半島、竜飛崎、出雲崎、ポルトガル、ニューヨーク、バイカル湖、清水あたり、赤穂、小樽・・・いつでもでかけられそうで、そうでもない。ちょっとしたはずみが必要です。


 五味文彦『日本の歴史を旅する』(岩波新書)は大津、日向、筑波山麓、小浜、佐渡、讃岐など 16の地域を人、山、食、道の四部に分けて、そのあたりの歴史的な成り立ちを概説していて、局所的な風土のおもしろさが浮かび上がってきます。


 <小浜は遠く異国や蝦夷地とも結ばれていて、応永十五(1408)年六月には南蛮船が小浜にやって来て、小浜の問の本阿弥の家を宿舎となし、「日本国王」足利義満への進物として黒象一頭・山馬一隻・孔雀二対・鸚鵡二対などが贈られている>・・などという話が出てきます。


 何回か敦賀から小浜へ行って、花折峠を越えて京都に出たのを思いだします。久しぶりに若狭にもでかけてみたくなります。路地には伊勢エビの味噌汁のかおりが漂っています。

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