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青い汗 [音楽]

 先日、棚から『ブルースエット』という CDを取り出しました。カーティス・フラーというトロンボーン奏者がリーダーとなったアルバムです。いつ買ったのか以前から棚の隅にありました。『Blue Sweat』・・「青い汗」か、凝った題だなと前から思っていましたが、今回よく見てみると『BLUES-ette』となっていて驚きました。"ちっぽけなブルース"とでもいった感じなのでしょうか、国内盤でカタカナ表記だったので誤認していたのでしょう。



 早とちりというか、思い違いというか、自分で気づくのはまだいいとして、人前で露見すると、それこそ"青い汗"ものです。



  思い返せば、青年時代まで、焼き鳥はスズメだと思っていました。また、カレー粉は「カレーの木」の実を磨り潰したものだと思い込んでいて、家内に笑われました。長い間、「染」という漢字の中の「九」を「丸」と書いていました。



 気づかないだけで、こんな類の間違いは多いのかも知れません。変だなと思っても、黙って見過ごしてくれている場合もあるのでしょう。多かれ少なかれ、だれもが身に覚えがあることでしょう。思い出せば気が滅入ることもあります。



 『ブルースエット』というアルバムは軽快で、楽しく、沈んだ気分を晴らしてくれます。そういえば、ジャズのアルバムには凝った題があって、たとえば、トランペットのクリフォード・ブラウンに『Study in Brown』というのがありますが、ライナー・ノートによれば、英語には「brown study」という言葉があって、「沈思黙考」といった意味だそうです。辞書を見ると「be in  a brown study」で「物思いにふけっている」となるそうです。奏者の名前をひっかけた、シャレた題をつけたものです。







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歳末にふり返る [音楽]

 寒波の影響なのか、光回線が切れ、23日からネットと固定電話が繋がらなくなりました。修理を頼もうとNTTにケータイで電話しましたが、AI音声で誘導されたあげく、ショート・メールで「最短で 28日」と一方的に送ってきました。なんとも味気ない対応です。



 久しぶりに5日間、ネットのない生活をおくりました。本を読んだり音楽を聴いたりして時間をつぶすのですが、何か物足りない気持ちがします。いつのまにかネットに依存しているのでしょう。



 やっと今日はNTTの人が来てくれました。「すぐ直りますよ」と言うことだったのですが、どこが原因か分からず、結局、電柱の光回線を張り替えたそうです。年末には何故か電気製品とか水回りとかが故障して、あわてることが多い気がします。



 ネットが繋がりホットしましたが、年も押し迫り、今年1年のことを振り返る気分になります。またひとつ年をとったことだけは確かです。去年に比べ目や耳はあきらかに衰えています。



評論家の川本三郎は < 年を取って唯一いいことは思い出が増えることだろうか。>* と書いていました。そういえば事あるごとに、いろんな思い出が蘇って、しばし物思いにとらわれます。もちろん一方では日々、記憶は失われてもいるのですが・・・。



 同書の中で川本三郎は、木下忠司という作曲家のことを書いていました。その人は映画監督の木下惠介の弟で、木下映画のほとんどの音楽をてがけたそうです。『喜びも悲しみも幾歳月』(1957)の主題歌も彼の作曲です。彼は膨大な数の映画やテレビ・ドラマの音楽に関わっています。



 そういえば数年まえ御前崎へ行ったおり、灯台の下に、『喜びも悲しみも・・』の主題歌の歌詞碑があり、小学生のころ母親に連れられて、隣村の映画館で観たのを思い出しました。何ヶ所かの灯台を転勤してゆく灯台守の苦難の話だったのを憶えていましたが、御前崎灯台も舞台になっていたことは知りませんでした。


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 木下惠介監督の『二十四の瞳』(1954)は小学生の物語なので、「仰げば尊し」とか唱歌や童謡がたくさん使われたそうです。家が貧しく、小学校を辞め、働きに出る女児を思って大石先生(高峰秀子)が涙ぐむ場面に、流れていたのは「星の界(よ)」という唱歌でした。 ♪ 月なきみ空に きらめく光 ♪




 「星の界」は明治時代に作られたのですが、元歌があって、讃美歌第312番のメロディーを使っています。唱歌にはそんなのが多いそうです。



 『二十四の瞳』を外国で上映した際には、著作権の問題があるので、一部の音楽を別のものに差し替えたそうです。



 川本三郎はわたしより4歳年上で、東京生まれなので、田舎育ちのわたしとは思い出の内容が異なりますが、彼の本は知らなかった事、気づかなかった事を教えてくれます。



*川本三郎『映画を見ればわかること 2』(キネマ旬報社)

#「駿河のくに巡り」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2019-07-08

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映画と音楽の密接な関係 [音楽]

 映画はほとんど観なくなったのですが、先日、ピアニストのアレクサンドル・タローが映画音楽を演奏した CDが出たので取り寄せてみました。CD2枚に 51曲も入っているのですが、聴き覚えのあったのは数曲だけでした。「禁じられた遊び」、「追憶」、「ゴッドファーザー」・・程度。


 聴いたことがあると思って、映画の題名をみても知らなかったり、観たことのある映画なのに曲に憶えがなかったりいろいろです。ミシェル・ルグラン、フランシス・レイ、ニーノ・ロータ、エンニオ・モリコーネ、ジョン・ウイリアムズといった作曲者の曲が並んでいます。ただ、ヘンリー・マンシーニの曲が無いのは不思議です。


 聴いたことがなくても、いかにも映画の場面を彷彿とさせるような曲ばかりです。CD 1はピアノとオーケストラ、CD2はピアノ・ソロで、数曲はヴァネッサ・パラディなどの歌手が唄っています。


 わたしが中学生のとき、初めて一人で映画館で観た映画は『モスラ』でした。ザ・ピーナッツが主題歌を唄っていました。上映の間には美空ひばりの「港町十三番地」が流れていました。


 高校生では『ドクトル・ジバゴ』の「ララのテーマ」、『サウンド・オブ・ミュージック』、『 007 ゴールドフィンガー』などを映画館で見聞きしました。


 大学生では『ロミオとジュリエット』に感心し、初めてサントラ 盤を買いました。『レット・イット・ビー』というのもありました。


 1960年代頃にラジオでよく流れていた映画音楽としては「ジャニー・ギター」、「クワイ河マーチ」、「ムーン・リバー」、「ロシアより愛をこめて」、「太陽がいっぱい」・・・などを思い出します。そういえば「枯葉」も元々は映画の中で唄われた曲だったはずです。


 映画と音楽は密接な関係があります。『ベニスに死す』でのマーラーの「アダージェット」、『地獄の黙示録』でのワーグナー「ワルキューレの騎行」などは、この音楽が無ければ、映画が成り立たないほどです。個人的には、『鉄道員 ぽっぽや』での「テネシー・ワルツ」の使われ方がこころにしみるものがありました。


 しばらくは、いろんな映画のことを思い出しながら、午睡の BGMに A.タローのピアノの音を楽しみます。 

 

#「小説と映画の微妙な関係」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2021-09-12


シネマ (日本語解説/日本語帯付)

シネマ (日本語解説/日本語帯付)

  • アーティスト: アレクサンドル・タロー
  • メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2022/10/21
  • メディア: CD

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秋だから [音楽]

 秋が深まってきました。散歩をしていても木々が黄葉し、落葉を踏んで歩くことになります。この季節になると、思い出す唄があります。「秋だから」とふと口ずさんだりします。長谷川きよしの澄んだ声とギターの音色が、耳に蘇ります。


 彼はわたしと同じくらいの歳ですが、レイ・チャールズやホセ・フェリシアーノと同じように盲目です。1969年に「別れのサンバ」で注目されました。


 彼はサングラスをかけていますが、歌手の浅川マキに知り合って間もないころ、< 「あのね、きよし、サングラスかけてないでしょ? 私はかけた方が絶対もっとイロッポク見えると思うんだ」> とアドヴァイスされたそうです。< 僕はその頃若かったし、かなりつっぱっていたので、目がみえなくても普通の人と何も変わらないのだ。サングラスなんかかける必要ないじゃないかという考えでした。(中略)/言いにくいことをすっぱり指摘してくれたのです。> と彼は浅川マキ追悼文集のようなもの*に書いています。後に彼は初めての子供に「マキ」という名をつけたそうです。


   秋だから

   ひとりであてもなく

   街を歩いてみたいの

   落葉の舞う鋪道を 

   コツコツとなる

   靴音だけをききながら

         (作詞 葵 梨佐)


 何ともない唄ですが、そういえばそんな時代もあったと思い出します。喫茶店に入ったり、手紙を書いたりはしなくなったと思いあたります。そして、秋だからといって、何かが起こるわけでもないと分かっているのですが・・・。


*喜多條忠責任編集『ちょっと長い関係のブルース 君は浅川マキを聴いたか』(実業之日社)

#「浅川マキのこと」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2014-11-11



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旅立てジャック [音楽]

 先日、YouTubeで「村上RADIO」がレイ・チャールズを特集したのがあったので、聞いていてビックリしました。レイ・チャールズはわたしも十代の頃から聴いていましたが、彼の代表曲のひとつの「旅立てジャック HIT THE ROAD JACK」について、これはダメ男を女の人が「出て行け!」と追い出している唄だと解説していたのです。


 たしかに歌詞を読んでみると、そんな雰囲気です。なんとなく独り立ちする少年の旅立ちを唄っているのだと、60年近くも誤解していました。女性の声が And don’t you come back  no more ,no more と繰り返す意味がやっと分かりました。


 1960年代に「旅立てジャック」と邦題をつけた人は歌詞の内容が分かっていたのか疑問ですが、「出ていけこの野郎」の題では当時の青少年に受け入れられたかどうか怪しまれます。


 手持ちのCDに付いている解説で湯川れい子は < 実はその当時の奥さんと大ゲンカした際、彼女から言われた'HIT THE ROAD!(出て行け!)'という言葉から生まれた曲(中略)だったとか、色々な逸話がある > と書いていました。


 彼が亡くなった2004年に公開された『RAY』は彼の伝記映画でした。いつだったかテレビで見たのですが、夫婦喧嘩の場面もあった気もしますが憶えていません。彼が薬物依存に苦しんでいた様子が印象に残っています。


 彼を教えてくれたのは高校時代の友人ですが、以来、レイ・チャールズの声はいつもこころと体に響いていました。Hit the road Jack! と叱咤激励されているようで・・・。





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午睡の音楽 [音楽]

  音楽は音を出す人の息づかいや表情が表れるような身体的な表現ですが、録音された音楽だけを聴いていると、そんなことをつい忘れてしまいます。レコードも CDもなかった時代では、音楽は常に一回限りの催しだったことでしょう。


 そんなことを思ったのは、昼寝の BGMにフォーレのピアノ四重奏曲を聴いていた時です。ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの4人が互いの音を聴きながら、それぞれが自分の音を紡ぎ出しているのが目に浮かぶようでした。優しげなヴァイオリンの響きに突然、力強いピアノが重なったりします。少人数での演奏なので身近に感じられたのでしょう。


 ジャズでも唄でも同じことでしょう。日頃、生演奏に接する機会が少ないので、つい当たり前のことを見逃しています。昔、誰だったかが、CDは旅行のときの絵葉書のように、思い出に買うものと言っていたのを憶えています。そんなものかと CDを見る目が変わりました.。


 夏の終わりの午後、音楽に聴き入っていると、寝そびれてしまいました。フォーレ(1845-1924)はパリのマドレーヌ寺院のオルガン弾きをしていたこともあるようです。日本でいえば幕末に生まれて大正末まで活躍したということになります。





(第3楽章より)

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歌詞の世界 [音楽]

 洋楽を聴いていて、ふと気になって歌詞を見てみても、なかなか理解できません。このあいだも、昔から F.シナトラなどが歌っている「THE  LADY IS A TRAMP」というスタンダードがありますが、「トランプ」ってどういう意味だろう? と辞書を引いてみて驚きました。


 ゲームに使うカードは「trump」で、「tramp」は別の言葉で発音も異なっています。辞書*によれば動詞としては「どしんどしん歩く」といった意味ですが、名詞では、(1)どしんどしんと歩く音 (2)徒歩旅行 (3)浮浪者(俗)浮気女 (4)不定期貨物船 とあります。


 ネットで歌詞の和訳を探してみると「気まぐれ女」とか「あばずれ」などと訳していますので(3)の意味なのでしょう。♪ The lady is a tramp ♪ と唄ったときの微妙な感覚はネイティブにしか分からないのかも知れません。軽く歌われているので、冗談気分なのでしょうか? 作詞 はロレンツ・ハート、作曲 リチャード・ロジャースで「MY FUNNY VALENTINE」などで知られる名コンビです。


 ちなみに「trump」のほうは「切り札」という意味だそうで、ゲームに使う「トランプ」は英語では「cards」と言うそうです。元大統領は Trump」です。


  I get too hungry for dinner at eight

  I like the theater but never come late

  I never bother with people I hate

  That's why the lady is a tramp 


 上流夫人は劇場には遅れてやってくるようです。過激な歌詞です。W.ジンサー**という人は作詞家のロレンツ・ハートについて <ハートが人間を見つめる目はいつでも冷めていた。(中略)金持ち、上品ぶった人・・・などのあさましいふるまいが風刺の対象となる > という風なことを書いています。


 英語というのは、いくつになってもよく分からず、必要に迫られて辞書を見ると、また未知の世界が開けます。唄を聴いていても、ただ耳を通り過ぎるだけです。


*『新英和中辞典 第5版』(研究社)

**ウイリアム・ジンサー『イージー・トゥ・リメンバー アメリカン・ポピュラー・ソングの黄金時代』(関根光宏訳 国書刊行会)

#「ポピュラー・ソングの楽しみ」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2022-02-11



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雨の日の音楽 [音楽]

 雨の季節になりました。しばらくは鬱陶しい天気をやり過ごすほかありません。雨は唄によく歌われています。雨の唄でも聴いて楽しむのもいいかも知れません。ひとにより時代によりいろんな曲が思い浮かぶことでしょう。


 「雨がふります 雨がふる」、「あめあめふれふれ かあさんが」とか「雨はふるふる 城ヶ島の磯に 利休鼠の雨がふる」という北原白秋の作詞に始まり、「あなたを待てば雨が降る」や「小ぬか雨降る御堂筋」、「雨雨ふれふれ もっとふれ」など雨に関わる唄を探せば際限がありません。


 歌詞にはそれぞれ工夫がありますが、「利休鼠の雨」とは北原白秋しか思いつかない言葉でしょう。利休色は抹茶の黄緑ですが、それに灰色が混じった色のようです*。なんとも渋い雨の色です。


 洋楽ではミュージカル映画『雨に唄えば』や映画『明日に向って撃て』の主題歌『雨にぬれても』が思い出されます。十代のころラジオからは『雨に歩けば Just Walking In The Rain』とか『悲しき雨音 Rhythm Of The Rain』がよく流れていました。ボブ・ディランには意味深長な『雨の日の女』があり、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)には『雨を見たかい』という反戦歌ともいわれた唄がありました。


 ジャズ・ボーカルではスー・レイニー(Sue Raney)が自分の名前にちなんで、雨にまつわる唄を集め『雨の日のジャズ Songs for a Raney Day』というアルバムを作っています。


 カンツォーネでジリオラ・チンクェッティの『雨』は 1969年に流行りました。ボサノバの『三月の雨』は現代詩風の歌詞ですが、南半球なので夏の終わりの雨なのでしょう。


 もっと古くは、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番が「雨の歌」と呼ばれています。第3楽章に自身の歌曲『雨の歌』の旋律が使われているからだそうです。梅雨の時期に聴くにふさわしい、利休鼠の似合う曲調です。


 梅雨があければコロナ騒動も終わるのでしょうか? 4回目のワクチンはどうするか? 先日の念のための検査の結果はどうということもなく、夏には何処かへ出かけてみようか? 雨の日には取り留めなく思案にくれます。


 *『色の手帖』(小学館)





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さわやかな五月に [音楽]

 野山は新緑が鮮やかです。この時節にふさわしい音楽、ベートーヴェンの交響曲第6番は「田園」と呼ばれています。原題 Pastorale の訳語です。では、日本で田園という言葉がいつからあるのかと思ってみるとよく分かりません。田園調布といった地名とか、『田園の憂鬱』という小説の題名などはすぐに思いつきますが、いずれも近代のものです。国語辞典をひいてみると平家物語には出てくるようですが「でんおん」と読んだようです。


 古く陶淵明(365-427)は田園詩人といわれ、「歸園田居五首」という詩があります*。


      <一>

 少(わかき)より 俗(せけん)に適(うけいれら)るる韻(かわいげ) 無く

 性(うまれつき)(もともと)(おか)(やま)を愛(この)

 誤(あやま)ちて 塵網中(よのしがらみ)に落ち

 一去(たちまちすぎたり)三十年

 羈鳥(たびのとり)は 旧林(もとのはやし)を恋(した)うもの

 池魚(いけのうお)は 故淵(もとのふち)を思うもの

 荒(あれち)を 南野(なんや)の際(はて)に 開かんと

 拙(せつ)守りて 園田(いなか)に帰る

                 (後略)


 田園を好む気持ちは同様なのか、ベートーヴェンは「田園」の各楽章にコメントを付けています。

 第1楽章 田舎に着いたときの晴れ晴れとした気分の目覚め

 第2楽章 小川のほとりの情景

 第3楽章 田舎の人々の楽しい集い

 第4楽章 雷・嵐

 第5楽章 羊飼いの歌。嵐のあとの感謝に満ちた気持ち


 爽やかで快活で、若葉や小川のせせらぎにこころが弾んでいる音楽です。人間には「田園」というものを理想郷とする東西に共通した夢のような気持ちがあるのかも知れません。CDでは、K.ベーム指揮、ウィーン・フィル(1971年録音)を好ましく聴いています。


*竹内実 萩野脩二『閑適のうた 中華愛誦詩選』(中公新書)


 

  




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ポピュラー・ソングの楽しみ [音楽]

家族からチョコレートをもらって、おやつに摘んでいます。バレンタインといえば「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」という唄が思い出されます。チェット・ベイカーの歌声やマイルス・デイヴィスの演奏が耳に残っています。


 題名でファニー(funny:滑稽な)というように、歌詞をみると Your looks are laughable/unphotographable (あなたの容姿はお笑いぐさで写真にもできない)と散々な言われようです。それでもいいと言ってくれるのだから有難い唄です。


 これは L.ハート作詞/R.ロジャース作曲ですが、わたしがアメリカの古い唄を聴くようになったのは、ローズマリー・クルーニーという歌手がコール・ポーターが作った唄を歌った CDを買ったのがきっかけでした。


 コール・ポーターの唄は「 I'VE GOT YOU UNDER MY SKIN 」とか「 I CONCENTRATE ON YOU 」などと言葉の使い方が新鮮で、どんな意味だろうと興味が惹かれます。これらはどちらも「あなたに夢中/とりこ」といった意味のようです。「 LOVE FOR SALE 」などと放送禁止になった曲もあります。


 コール・ポーター(1891-1964)について、< こうしたスラブ風の曲調や中南米風のリズムが、どのようにしてアメリカ中西部出身のプロテスタントの少年にもたらされたのか(中略)ほかのどのソングライターの曲とも違っていたーーー(中略)コール・ポーターがわれわれに遺してくれたのは、永遠の若さという幻想なのだ。 >と記していた本*がありました。


 ヘレン・メリルの声でおなじみの「 YOU'D BE SO NICE TO COME HOME TO 」は以前、「帰ってくれたら嬉しいわ」と訳されていましたが、意味の取りにくいシャレタ英語です。最後の「TO」は何なのか? 


 IT WOULD BE SO NICE TO COME HOME TO YOU  ということなんだそうです。「YOU」を強調して前に出した構文になっているのだそうです。意味は「君が待つ家に帰れたらとても素敵なんだけど」といった感じです。戦地の若い兵隊が故国の恋人に語りかけている雰囲気です。唄を聴いているとその背景にいろんなものが見えてきます。


 *ウイリアム・ジンサー『イージー・トゥ・リメンバー アメリカン・ポピュラー・ソングの黄金時代』(関根光宏訳 国書刊行会)


#「聞き流していると」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2015-08-27



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