秋はすぐ [音楽]
九月も数日でおわりです。めっきり日の暮れが早くなりました。今年は特に、もう十月か・・・と思います。
But the days grow short when you reach September
クルト・ワイル作曲の Septmber song という唄です。サラ・ヴォーンもクリフォード・ブラウンとの共演盤で歌っています。
年度の後半が始まり、インフルエンザの季節がやってきます。まだ南の海では台風が発生していますが、秋はすぐ過ぎてゆきます。
ダッタン風 [雑感]
ある本を読んでいると「イタリアに最初に米が伝わったのはサラセン人がシチリアを支配していた時代といわれている・・・」という一節がありました。そういえばサラセン人ということばを時々みかけますが、実態は中世ヨーロッパでイスラム教徒一般を指した言葉だそうです。
シェイクスピアの「オセロ」はムーア人ですが、北西アフリカのイスラム教徒のことだそうです。なんとなく分かっているようで、そうでもない言葉はいろいろあるものです。マジャール人というのも音楽やハンガリーに関する話しではよくでてくることばですが、分かりにくい人たちです。
ロシアの作曲家・ボロディンに「韃靼人の踊り」という曲がありますが、だったんとはタタールのことだそうです。 このへんの歴史は複雑でよく憶えられませんが、タルタルソースのタルタルはタタール風ということだそうです。
自然を再読 [読書]
毎週のように台風がやってきて、各地に被害をもたらしています。鎌倉時代の実朝は「時により過ぐれば民の嘆きなり八大龍王雨やめたまへ」とうたっていますが、将軍としての自負と責任感がかんじられます。
八大龍王は奈良・洞川の龍泉寺の縁起にも関わっているようですが、修験でも雨乞いが関係しているのでしょう。
台風はいつも反時計回転ですが、地球の自転の影響だそうです。そういえば、むかし M. ガードナー『自然界における左と右』(紀伊国屋書店)という本を読んだ記憶があります。内容はあらかた忘れているので、読む本がないときに再読してみよう。
人間の自然 [雑感]
与謝蕪村から三百年というと、はるか昔という感じがしますが、身の回りに百歳以上のひとが何人も居ると、そうでもないかと思えます。
十数年前に福井の一乗谷・朝倉氏遺跡へ行ったとき、復元された戦国時代の武家屋敷を見て、家内とふたり、自分たちの子供時代とあんまりかわらへんなーと顔を見合わせたことがあります。風呂もごはんも薪でたいていましたし、井戸もトイレもそんなに変わっていないし、電灯がともったのが変化といえるくらいです。いなかでは、戦国時代から昭和二十年代まで、そんなに暮らしぶりに大きな相違があったわけではないようです。
この齢になるまで、電化製品、車やコンピュータなどに次々と否応なく慣れ、半分はもういいかと思いながら、人工知能を想像する時代にまでなってきました。人間の自然はどこまでも適応可能なのかどうか、段々と明らかになってくることでしょう。SF は趣味ではないのに、現実になってしまうのには困惑します。