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言葉なんて [雑感]

 先日、四人目の孫が誕生しました。女児です。名前はまだ付いていないようです。名前がないと、まだ社会に属していない無垢な赤ん坊の感じがします。なんと呼びかけようか、とまどいます。あらゆるものに名前がある社会に、生まれ出たまだ名付けられていない生命体です。


 名前を付けることによって、社会に紐付けされます。星々を結びつけて星座ができ、ブリ起こしと称ぶことによって雷も社会に組み込まれます。漱石の猫には名前がないので、世間の埒外から、世の中を眺めます。


 「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」というのは詩人・田村隆一の嘆きですが、「初めにことばがあった」(ヨハネによる福音書)と言われてしまえば、嘆いてもせんないことです。陳腐で月並みな言葉であふれた世界に、新しい星座を描くように、新しい関係を発見する・・・詩人の栄光です。


 新しく生まれた赤ん坊はぼんやりと目の前の世界を眺めています。これから、この世界とどんな風につながっていくのか? わたしにもそんな眩しい一瞬があったはずですが、いまは思い出せません・・・。



 

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鞍馬天狗のおじさん [読書]

  小学生のころ鞍馬天狗の映画を何回か観て、嵐寛寿郎という名前を覚えました。ピンチになると拳銃を撃ち、颯爽と馬で駆け、「日本の夜明けは近い」とのたまう。「鞍馬天狗」シリーズは全 40作もあったそうです。


 村の集会場で観た『明治天皇と日露大戦争』(1957)では明治天皇に扮して画面の中央にいました。「これは鞍馬天狗だ」と思った記憶があります。


 和田誠編『日本の名随筆 別巻63 芸談』(作品社)に竹中労著『聞書アラカン一代=鞍馬天狗のおじさんは』(白川書院)の抜粋が出ています。


 <「寛寿郎クン、明治天皇をやってほしい」。へえッ、乃木さんやおまへんのか! そらあきまへんな、〝不敬罪〟ですわ。右翼が殺しにきよります、ワテはご免をこうむりたい。「大丈夫や、ボクかて右翼やないか」と監督すずしい顔をしとる、体はこまいが肝ッ玉は太い。>


 <空前の大ヒット、封切りで八億円稼いだ。ワテ新橋の料亭に呼ばれた、「寛寿郎クン、ご苦労でした」と十万円。これボーナス、八億円稼いで十万円や。ゼニ残す人はちがいますな、アセモ代もろうて戻ってきた。宣伝部がまたきた、東劇で凱旋興行をやる。衣裳をつけて挨拶に出ろと社長がおっしゃっとる。ははーあの十万円、ギャラやったんかいな。すまんがそらお断りや、皇室を利用してゼニもうけてもかめへん。ワテの知ったこっちゃない、せやけどすこしは遠慮しなはれ、明治天皇サンドイッチマンにする了見か、それで沙汰やみ。>


 愉快な話の連続です。語り口のおもしろさに引き込まれます。映画での立ち姿や立ち廻りの鮮やかさとはまた違った、味わいがあります。晩年の「寅さん」映画での殿様役のアクの抜けた姿が思い出されます。



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誕生日も近い [雑感]

  もうすぐ誕生日です。あぁ、両親より年上になったという感慨があります。両親の写真を見て、このころは今のわたしよりも若かったんだと不思議な気分になります。わたしは末子なので、他の兄弟にくらべて親と一緒に暮らした時間は短い。


 こどものころ、兄が「コイツばかり甘やかされて!」と訴えると、祖母は「この子は親と暮らすのが短いんやから・・・」となだめていたのを憶えています。そういえば当時、祖母は今のわたしくらいの年齢だったはずです。


 誕生日はこどものころはずっと 18日だと思っていました。中学に入るとき住民票を見ると 17日になっています。母親に聞くと「そうだったかなぁ」でおしまいでした。「いままでの 18日は何だったんだ」とイイカゲンさに憤慨しました。


 母親はそんなところがあり、旅行に備えて毛糸のセーターを編んでくれるのですが、袖がまにあわないので、チョッキ(ベスト)で着ていけといいます。やるせない気持ちになります。

 

 わたしが帰郷して「そろそろ帰るわ」というと、「巻き寿司を食っていけ」という。家内は迷っているが、台所を見ると、まだこれから米を洗うという。


 父親はキッチリした性格で、帰郷するとまず「いつ帰る」と聞きます。帰る当日になると「明るいうちに早く帰れ」といい「帰り着いたら電話しろ」といいます。叔父の家で話し込んでいると、「早く返ってこい」と電話をかけてきます。


 両親が年下になってしまったというのは、ある意味、気楽になった気がします。こどもや孫たちがわたしをどんな風に感じたり、思ったりしているのかは不明ですが、反面教師としてでも何らかの影響は及んでいることでしょう。幸いなるかなです。



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似顔絵という世界 [読書]

  和田誠の新しい似顔絵や挿絵が見られなくなったのは寂しいかぎりです。新聞や雑誌、本の装丁や表紙など、いつも身近にあったイラストが無くなるのは不思議とも感じられます。それだけ長い間、知らぬまに彼の描く似顔絵の世界になじんでいたのでしょう。


似顔絵物語 (白水uブックス)

似顔絵物語 (白水uブックス)

  • 作者: 和田 誠
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 2006/12/01
  • メディア: 単行本
  •  和田誠(1936-2019)は小学生のとき、担任の先生の話から、新聞の清水崑の政治漫画を見るようになり、似顔絵を描くようになったそうです。中学・高校のころは授業中ほとんど先生や同級生の似顔絵をノートに描いていたとのことです。
  •  中学生から映画にも熱中し、高校生では雑誌「映画の友」のスタアの似顔絵投稿欄に、毎月、投稿するようになる。多摩美大・図案科に入り、三年生のとき応募した映画ポスターで日本宣伝美術会賞を受賞し、すぐに講談社からコラムの似顔絵の注文がきたそうです。
  •  美大卒業後、デザイン会社に就職。1966年に『吉行淳之介軽薄対談』(講談社)の装丁と挿絵を依頼される。1968年からフリーになり、「週刊サンケイ」の表紙に似顔絵を描くようになる。第1回は野坂昭如。
  •  <「週刊サンケイ」最大の思い出は七〇年十一月の出来事でした。・・・アパートの入口にサンケイの記者が待っていて、「何やってたんですか。早く部屋に入って下さい」と大声で言うんです。ドアを開けようとすると、「早くテレビをつけて」と言う。せっかちな人だなあと思って「何事ですか」と聞いても「いいから早く」とせきたてる。・・・自衛隊に三島由紀夫が乗り込んだというニュースをやっている。実況です。「あれー、どういうわけだ」とぼくがテレビを見ると、「早く描いてください」と言うんです。「早くって何を」「決まってるじゃないですか、三島さんです」・・・彼の勢いに押されて、三島さんを描きました。楯の会の制服を着て日の丸の鉢巻きをしている姿です。>
  •  『似顔絵物語』には和田誠の小学校低学年ころに描いた似顔絵から始まり、たくさんの似顔絵が掲載されています。清水崑、岡本一平、山藤章二、宇野亜喜良、横尾忠則、安西水丸などの描いた似顔絵もでてきます。和田誠の軽妙な語り口で似顔絵が時代の雰囲気とともに楽しめます。
 
 


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