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唄をめぐるエッセイ [読書]


 唄の好きな人にとって、和田誠『いつか聴いた歌』(文藝春秋)は古い本ですが、座右に置いて時々眺めて楽しむのに好都合な本です。わたしも 20年ほど前、「日本の古本屋」に注文して入手しました。1977年に出た本で、ちなみに発行者は半藤一利となっています。



 これは和田誠がスタンダードといわれるアメリカなどの唄 100曲について、それぞれにまつわるエッセイを書き、関連者の似顔絵を付けたものです。「ビギン・ザ・ビギン」に始まり、「歌は終われど」が最後になっています。



 「やさしく歌って Killing Me Softly with His Song 」では、< 75年、ロバータ・フラックが初めて来日した時、ぼくはパンフレットに似顔絵を描いた。それが彼女の気に入って、原画が欲しいと言う。ぼくは公演後の楽屋でロバータ・フラックに会って、絵を手渡したのだった。そしたら彼女は喜んで「キスしていい?」と言い、ぼくのほっぺたにチュウをしたのであります。なれぬことゆえ、いささかたじろいだ。ぼくの方も「あなたの歌は素敵です」とか言って彼女にキスすべきかとも考えたが、妻がそばにいたこともあって、見あわせたのだった。> と残念そうに書いています。もちろん妻というのは、テレビの料理番組でよく拝見する平野レミさんのことで、その数年前に結婚したばかりでした。



 それはさておき、<「やさしく歌って」という日本語の題が定着しているようだが、Killing Me Softly なのだから直訳すれば「やさしく殺している」になってしまう。もちろんそんな物騒な歌ではないので「やさしく苦しめている」といった意味に解釈すればよいであろうか。> つまり、彼の唄は私の人生を歌っているようで、私の苦しみをかき鳴らしている・・・というような唄なのだそうです。



 「On the Sunny side of the Street」は去年だったか、朝のテレビ・ドラマでよく流れていましたが、 1930年に発表された唄だそうです。<・・・道の両側にある歩道、その陽のあたる側がサニー・サイド・オブ・ザ・ストリートである。だから、どうせ歩くなら暗い側じゃなく明るい側を、という歌である。/コートをつかみ、帽子をかぶり、心配事は戸口に捨てて、まっすぐ陽の当たる通りに出よう。スタスタというのは幸せな足音。陽の当たる通りでは、人生はすばらしい。/ぼくは陽かげを歩いていた。けれど今は違う。1セントもなくても、ロックフェラーのような気分。(後略)>



 この唄が発表された前年は、ウオール街株価大暴落、世界恐慌の始まった年でした。不景気を明るく笑いとばそうというのが、この唄の背景なのだそうです。唄には歴史が影を落としている・・・。



 こんなエッセイがそれぞれの唄に付いていて、どこを開いても話題が豊富で時間を忘れます。読んで改めて唄を聴くと、また違った味わいが生まれます。



#「似顔絵という世界」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2019-11-05


いつか聴いた歌 (文春文庫)

いつか聴いた歌 (文春文庫)

  • 作者: 和田 誠
  • 出版社: 文藝春秋
  • メディア: 文庫


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コメント 4

middrinn

「Killing Me Softly」という映画は「キリング・ミー・ソフトリー」となってて、
お手上げなのか、そのままカタカナにする最近の傾向なのか、分りません(^_^;)
YouTubeで視聴できる唄も多いでしょうから、似顔絵と見比べも一興かも(^_^;)
by middrinn (2023-07-19 18:30) 

爛漫亭

 middrinnさん、そんな映画があったのですね。唄も
使われたのでしょうか? 本が出版された時代からは、
YouTubeは想像外でしょうが、ほとんどの唄がいろんな
歌手の声で聴くことができくので、本の楽しみ方が数倍に
なります。
by 爛漫亭 (2023-07-19 19:55) 

そらへい

村上春樹と和田誠の「ポートレート・イン・ジャズ」は
楽しんで読んだ記憶があります。
この本は知りませんでした。
知っている曲に対しての和田さんのエッセイ
読んでみたいですね。
by そらへい (2023-07-19 20:03) 

爛漫亭

 そらへいさん、和田さんの本は楽しめますね。それが
100曲もあるので、手近に置いて、時々、眺めるのに
最適です。曲の背景が分かると唄に深みが出る感じが
します。
by 爛漫亭 (2023-07-19 20:24) 

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