さわやかな五月に [音楽]
野山は新緑が鮮やかです。この時節にふさわしい音楽、ベートーヴェンの交響曲第6番は「田園」と呼ばれています。原題 Pastorale の訳語です。では、日本で田園という言葉がいつからあるのかと思ってみるとよく分かりません。田園調布といった地名とか、『田園の憂鬱』という小説の題名などはすぐに思いつきますが、いずれも近代のものです。国語辞典をひいてみると平家物語には出てくるようですが「でんおん」と読んだようです。
古く陶淵明(365-427)は田園詩人といわれ、「歸園田居五首」という詩があります*。
<一>
少(わかき)より 俗(せけん)に適(うけいれら)るる韻(かわいげ) 無く
性(うまれつき)本(もともと)丘(おか)山(やま)を愛(この)む
誤(あやま)ちて 塵網中(よのしがらみ)に落ち
一去(たちまちすぎたり)三十年
羈鳥(たびのとり)は 旧林(もとのはやし)を恋(した)うもの
池魚(いけのうお)は 故淵(もとのふち)を思うもの
荒(あれち)を 南野(なんや)の際(はて)に 開かんと
拙(せつ)守りて 園田(いなか)に帰る
(後略)
田園を好む気持ちは同様なのか、ベートーヴェンは「田園」の各楽章にコメントを付けています。
第1楽章 田舎に着いたときの晴れ晴れとした気分の目覚め
第2楽章 小川のほとりの情景
第3楽章 田舎の人々の楽しい集い
第4楽章 雷・嵐
第5楽章 羊飼いの歌。嵐のあとの感謝に満ちた気持ち
爽やかで快活で、若葉や小川のせせらぎにこころが弾んでいる音楽です。人間には「田園」というものを理想郷とする東西に共通した夢のような気持ちがあるのかも知れません。CDでは、K.ベーム指揮、ウィーン・フィル(1971年録音)を好ましく聴いています。
*竹内実 萩野脩二『閑適のうた 中華愛誦詩選』(中公新書)