19歳ごろ、南海電車に乗って、吊り革を持って車外を眺めていると

   腕にたるんだ私の怠惰

   今日も日が照る 空は青いよ

という中原中也の詩句が頭にうかびました。 丁度その頃、角川書店から『中原中也全集』が出ていたので、すみずみまで読みました。その後は遠ざかりました。


 最近、本屋さんに佐々木幹郎『中原中也 沈黙の音楽』(岩波新書)という本が並んでいました。そばを通るたびにちょっと中身をながめたりしていたのですが、まぁいいかと戻していました。そのうちに見えなくなりました。


 それが先日、また棚に立てられていました。まぁいいかと買ってきました。五十年まえの記憶が蘇ってきます。



    「一つのメルヘン」



      秋の夜は、はるかの彼方に、

      小石ばかりの、河原があって、

      それに陽は、さらさらと

      さらさらと射してゐるのでありました。

 

      陽といっても、まるで硅石か何かのやうで、

      非常な個体の粉末のやうで、

      さればこそ、さらさらと

      かすかな音を立ててもゐるのでした。

 

      さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、

      淡い、それでゐてくっきりとした

      影を落としてゐるのでした。

 

      やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、

      今迄流れてもゐなかった川床に、水は

      さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました......




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