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球春となって [雑感]


 3月になって外光がすっかり明るくなりました。プロ野球もオープン戦の時期となりました。昨年の10月に始まった持病の治療も、予定の6サイクルが先週に完了しました。昨年のクライマックス・シリーズから日本シリーズは病室のテレビで観戦したので、今年のオープン戦は新しいシーズンの始まりという感がひとしおです。



 4年前にも半年ほど同様の治療を受けていますが、今回とは薬の組み合わせが異なっています。薬によって副反応の様相が違いました。前回は投与後4、5日間の食欲不振、シャックリなどでしたが、今回はそのような症状はなく、まず指先がシビレ、腸の動きが低下し、目がかすんだようになります。4、5日経った後に倦怠感が出現しました。音楽でも聴きながら午睡しているほかありません。



 7日経つと腸が動き出し、倦怠感もなくなります。白血球数は10日目に1/10程に低下しますが、数日で元にもどり、目のかすみも晴れ、散歩にも出かけられるようになります。もちろん吐き気止めや白血球を増やす薬などの効果のおかげで症状が軽減されてているのだと思います。



 前回はなかったのですが、今回は脱毛が著明でした。1サイクル後にシャワーを浴び、洗髪すると、指に多量の頭髪が絡みつき、びっくりしました。見ると排水口は毛髪で詰まっていました。防寒対策に毛糸の帽子が必需品になりました。おかげで130日ほど朝のヒゲ剃りが不要だったのですが、いつから生えてくるのか楽しみにしています。



 持病との付き合いはもう9年目になるのですが、これでまた何年かは維持できるでしょう。医学は日進月歩とまでは言えませんが、数年ごとに新しい治療薬が開発されているようです。待つといえば・・・今年の春の甲子園には和歌山県から田辺高校と耐久高校の2校が選ばれています。またプロ野球ではタイガースのアレンパは可能なのか? 山本由伸のいないバファローズはどうなるのか? いろいろ興味深い球春がやって来ました。



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唄、声の強さの魅力 [音楽]


 今年も先日、「のど自慢 グランド・チャンピオン大会」をテレビで視聴しましたが、さすがに選ばれた 13人なので、皆さんよい声をされていました。昨年は唄われた 13曲を、わたしは1曲も知らなかったことに愕然としたのですが、今回は3、4曲は聞き覚えのある唄がありました。



 唄は何と言っても声の強さが魅力です。何故か小声で唄っているようでも、しっかりと届く声というのがあります。わたしが声の魅力を意識したのは、大学生のころマリアン・アンダーソンという歌手の「黒人霊歌」のレコードを聴いた時だったと思います。多分、叔父の家で聴かせてもらった気がします。当時、大学祭などで音楽サークルが「Deep River」などをよく唄っていたので、そんな話題のなかで、叔父が「こんなのどう」と聴かせてくれたように思います。マリアン・アンダーソンは戦前からの黒人のコンサート歌手でした。



 その後に聴いたモーツァルトの『魔笛』のなかの「夜の女王のアリア」には、人間が、こんな声が出せるのかと驚嘆しまいた。30年ほど前には三大テノールが話題になりましたが、なかでもパヴァロッティの声は別格でした。



 それから声で思い出すのは、20年以上前、テレビの歌番組で、若い知らない歌手が美空ひばりの「哀愁出船」を唄っているのを聴いて、声の強さに驚きました。島津亜矢でした。その後、彼女は声色のためか、わたしの思った方向へは脱皮しなかったようです。




 声は生ものですので、スポーツ選手と同じように、全盛期に出会える人は限られています。後は記録媒体で想像するだけです。今後どんな歌手と出会えるか楽しみです。




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記憶のミルフィーユ [雑感]


 このあいだから読んでいた『映画の木洩れ日』*の「あとがき」で、著者・川本三郎はこんなことを書いていました。< ミルフィーユというお菓子がある。「千枚の葉」の意で、薄いパイを何層にも重ねた菓子。私の文章は、このミルフィーユに似ている。/ 二〇二二年に七十八歳になった。この年齢になると、映画体験がいくつも層になって作られている。一九五〇年代から六〇年代の、十代の頃に見た映画。二十代に見たアメリカン・ニューシネマの時代の映画。評論家として、批評を書くようになった七、八〇年代の映画。そして現代の映画。/ さまざまな時代の映画が、まさにミルフィーユのように重なり合っている。現代の映画を語っているうちに次第に下の層の十代の頃に見た映画にたどり着く。>



 なるほどと思います。わたしのように長いあいだ映画を見ていない人間にも、彼の映画の本がおもしろいのは、近い世代として、1950-60年代という共通の基盤の上で生きて来たからなのでしょう。



 こんなことは映画に限ったことではなく、流行歌やファッション、事件、災害の記憶でもそうでしょう。今回の能登半島地震の映像は、熊本城の崩れた石垣の映像に重なり、東北の津波に重なり、阪神・淡路の横倒しになった高速道路の映像に重なり、地震の記憶を重層化させます。そして、社会人になった年に能登半島に旅行し、土産に輪島塗の茶匙を母親に渡した時、母は嬉しそうでしたが、「私の流儀とは違うのよ」と笑っていた記憶も蘇ります。



 人が生活している限り記憶は増え続けます。そして記憶を共有する度合いによって、親しみが深まります。「同じ釜のメシを食う」といった言葉で、人はその辺の事情を表現してきたのでしょう。



 新しい映画を観れば、昔の映画を思い出すように、何につけても過去と比較できるのは長く生きて来た者の特権です。記憶はミルフィーユのように何層にもなり、味わい深いものになっています。


*川本三郎『映画の木洩れ日』(キネマ旬報社)2023年刊




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