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散歩の道すがら [徘徊/旅行]

 ぶらりと散歩するのに、ちょうど良い天気なので山村を少し歩きました。熊野古道で出会うのは欧米人ばかりで、日本人を含め東洋人にはすれ違いません。何か趣味の違いでもあるようです。


 以前、やや太り気味のひとに「夕食後に歩いてみたら」と勧めると、「夜にその辺を出歩いていると、不審者と間違われる」とのことでした。用もないのに散歩などしているのは変なヒトという、まっとうな感覚です。


 国木田独歩『武蔵野』は明治31年の発表ですが、落葉樹林を散策する楽しさを発見しています。独歩は中国地方でこども時代を過ごしているので、武蔵野の広葉落葉樹林が目新しく感じられ、ツルゲーネフの小説の舞台が連想されたようです。


 当地は、南国ですので雑木はツバキ、ウバメガシといった照葉樹が多く、冬でも落葉が少なく、武蔵野とは風景が異なります。関東から来たいとこを山村に案内すると「緑が濃いなー」と驚いていました。


 この辺りでは、昔はツバキの葉で刻みタバコを巻いて喫う風習があったそうです。ウバメガシは備長炭の原料です。 変なヒトと思われないように、用事でもあるような顔をして、そそくさと歩いたほうがいいかなと、思ったりします。





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春の岬 [徘徊/旅行]

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 イカナゴ漁が解禁になりました。ここ数年は不漁続きですが、今年はどうなんでしょう。瀬戸内海の春の食べ物です。食べごろな大きさなのはいっときなので、時期には、毎日のように食べました。茹でてすぐのものか、茹でて数日、干したものがほとんどでした。


 むしろに展げて乾している中には、小さなタコも混じっていました。半乾きの物を手のひらに取って、おやつとしても食べました。釘煮という食べ方は大人になるまで知りませんでした。


 先日、紀淡海峡の見える岬に行ってみましたが、海は霞で、前の島々はぼやけていました。友ヶ島へは渡ったことはありませんが、廃墟となった要塞があるそうです。


  春の岬 旅のをわりの鷗どり

  浮きつつ遠くなりにけるかも


 昭和二年、二十七歳の春、三好達治は当時伊豆湯ヶ島に転地療養中の梶井基次郎を見舞って、そのあと下田から船で沼津へ渡ったらしく、その船中での感興だそうです(安東次男『花づとめ』中公文庫)。「鷗どり」は湯ヶ島に残してきた梶井の映像で・・・「春の岬」は叙景歌ではない、と安東次男は記しています。



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いざ鎌倉 [徘徊/旅行]

 先日、鎌倉へ出かけてきました。天気が良くて温かで、江ノ島の向こうに箱根や富士山が見渡せました。中学の修学旅行以来なので、55年ぶりです。鎌倉は鉄道の幹線からはずれているので、目的にしないと寄りにくい場所です。


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 鶴岡八幡宮や長谷大仏はむかしの記憶がかすかに残っていました。腰越川という標識をみると源義経のことが思いだされます。それにしても頼朝は何故こんな狭い場所に幕府をひらいたのか不思議です。

 

 昭和12年9月24日、中原中也はともに鎌倉に住んでいた小林秀雄を訪ね、詩集『在りし日の歌』の清書原稿を託しました。いろいろなことがあった二人の最後の語らいでした。


 坂の多い町なのでつま先が痛くなります。小腹が空いたので、店を覗くと、どこもシラス丼がおすすめのようでした。磯辺餅をいただきました。


 今年はどんな年になるのか・・・犬のように嗅覚に導かれて、さまようのもいいかもしれない。ことしは古稀になります。



#「よみがえる詩句」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2017-11-29

 #「在りし日の歌」 https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2017-12-09

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路地をさまよう [徘徊/旅行]

 知らない土地をぶらぶらと歩き巡るのは楽しいものです。迷子になりながら、かといって冒険というほどでもなく、人の臭いのする路地や道を気ままにぶらつく。


 運動のためではなく、調査でもなく、目的もなく、巡礼でもなく、行き当たりばったりにほっつき歩く。だいたいあの辺りとだけ決めて。


 どこへ行ってみたいか・・・山陰の益田あたり、国東半島、竜飛崎、出雲崎、ポルトガル、ニューヨーク、バイカル湖、清水あたり、赤穂、小樽・・・いつでもでかけられそうで、そうでもない。ちょっとしたはずみが必要です。


 五味文彦『日本の歴史を旅する』(岩波新書)は大津、日向、筑波山麓、小浜、佐渡、讃岐など 16の地域を人、山、食、道の四部に分けて、そのあたりの歴史的な成り立ちを概説していて、局所的な風土のおもしろさが浮かび上がってきます。


 <小浜は遠く異国や蝦夷地とも結ばれていて、応永十五(1408)年六月には南蛮船が小浜にやって来て、小浜の問の本阿弥の家を宿舎となし、「日本国王」足利義満への進物として黒象一頭・山馬一隻・孔雀二対・鸚鵡二対などが贈られている>・・などという話が出てきます。


 何回か敦賀から小浜へ行って、花折峠を越えて京都に出たのを思いだします。久しぶりに若狭にもでかけてみたくなります。小浜の路地には伊勢エビの味噌汁の香りが漂っています。



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柳川のウナギ [徘徊/旅行]

 福岡で集会があったので、足をのばして柳川まで行ってみました。天神から大牟田ゆきの西鉄に乗って 50 分くらいです。有明海に面しているようです。


 柳川駅の近くに、川舟の乗場があって、掘割りというか水路というかを、船頭が竹竿を操って 1時間ほど、ゆっくり流れてゆくと、旧市街に着きます。旧藩主の屋敷や北原白秋の生家があります。


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 白秋の実家は造り酒屋でしたが、火災で失われたのを再現したようです。中庭にはザボンが実っていました。川本三郎に『白秋望景』(新書館)という評伝があります。


 こどもの頃、わたしの母方の祖父は柳川が祖先の地だと言っていました。幕末に長崎へ行って、通詞になり、その後、神戸にやって来たそうです。今は柳川に付き合っている縁者はありませんが。


 昼には鰻のせいろ蒸しを食べました。タレを混ぜこんで蒸した鰻重といった感じです。掘割りにもウナギはいるようですが、出てくるのは他所のものだそうです。有明海が近いので、ムツゴロウとかワラスボ、クツゾコといった変わった魚の料理もあります。町をめぐる水路は有明海へ続いているそうです。


 #「茫洋とした話」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2017-07-26



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風の盆 [徘徊/旅行]


 さそわれて富山から高山線で数駅、南へいった八尾(やつお)という山間の町へ行ってきました。「風の盆」とよばれ、毎年9月1日から三日間、少し遅い盆行事がおこなわれています。


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 水音のする、ぼんぼりの明かりの薄暗い坂道を歩いていると、越中おわら節が聞こえてきます。のぞいてみると人だかりがしていて、ほのぐらい神社の境内や、お寺の本堂で盆踊りが静々と舞われています。


 夜目、遠目、笠の内と言いますが、そんな感じです。町ごとに路地を流していくのに出会うこともあるようです。


 十数年前、髙橋治の『風の盆恋歌』(新潮社)を読んだ記憶があるのですが、内容は忘れました。彼の『蕪村春秋』(朝日新聞社)は映画に関係した人らしい映像的な蕪村の解釈が新鮮でした。また、小津安二郎『東京物語』の助監督を務めたことから小津の評伝も書いています。


 見物客は多いですが、車がまったく通らないので、露店などを見ながら歩いていると、初秋の夜風が心地よく感じられます。



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ねじ式まち歩き [徘徊/旅行]

 先週末は集会があって、広島へ出かけてきました。十数年ぶりでしたが、あらためて街中に川の多いのが新鮮でした。南北に六本流れているそうです。夕方、川沿いに歩いていると、記憶の風化にあらがうように原爆ドームが対岸に見えます。


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 移動には市電が格安で便利そうです。旅行者なのか自転車も目立ちました。晩飯を食べようと、ふらふらしていると「金座」という地名に再会しました。五十年以上前に始めて来た時に憶えた名前です。あたりを見回すと、道の曲がりぐあいの記憶が蘇ってきます。中学生の自分に巡り会った気がしました。つげ義春の漫画のように。



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東京徘徊 [徘徊/旅行]

 集会があったので、東京へでかけて来ました。最近は東京駅の近くに泊まることが多いので、丸の内の丸善を覗いたりしました。

 二十代のころは、国立教育会館・虎ノ門ホールが会場になることが多く、隣りには1968年に建った霞ヶ関ビルがあり、36階へお上りさんしたこともあります。帰りは八重洲ブックセンターで何冊か買って帰るのが楽しみでした。 国立教育会館は2004年に解体されたそうです。

 その後、参加者が増えて手狭になり、1971年にできていた新宿の京王プラザが使われるようになりました。あいた時間には紀伊國屋書店をうろつきました。

 ますます会員が増えて、東京には会場がなく、1991年にできたパシフィコ横浜が選ばれるのが増えました。駅から遠く、以前は海風に吹かれて歩くのが大変でした。

 1997年に東京国際フォーラムができました。駅から近いのが助かります。

 はじめて東京へ行ったのは中学の修学旅行でした。どこに泊まったのかも忘れました。新幹線もなかった時代です。今後、いつまでうろうろと歩きまわれるのか、心もとない限りです。



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高瀬舟の町 [徘徊/旅行]

 先週末は用事で、岡山県の真庭市にでかけてきました。落合というところですが、旭川に備中川がおちあう場所です。わたしの父祖の地ですが、訪れるのは四回目位です。こどものころは親に連れられて、姫路から姫新線の汽車に乗って行きましたが、現在では姫新線は一本にはつながっていません。

 岡山まで新幹線で行って、津山線で津山にゆき、姫新線に乗り換えてと考えましたが、とても時間がかかります。大阪から津山まで、高速バスという方法もありますが、そこから先がつながりません。

 落合という地名のとおり、明治時代までは旭川の水運の利便性でもっていた町だったのでしょう、落合羊羹「高瀬舟」がお土産になっています。いまは中国道が町を横切っています。やっぱり車で行くしかないかと、家内と通過する高速道路の手順を調べ、シュミレーションどおりに行ってきました。なだらかな中国山地は黄葉の盛りでした。

 たしか、小説家の内田百閒は岡山の旭川のほとりで育ったと何かで読んだ覚えがあります。わたしの父親は明治43年生まれですが、その頃はまだ、高瀬舟が岡山とのあいだをつないでいたのでしょうか。羊羹を食べながら、父親の生涯を想像します。


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鳥取の眺め [徘徊/旅行]

 こんどは鳥取にやってきました。こう頻繁に地震に襲われると、次はどこだろうかと不安な気持ちになります。雇用や社会保障制度への不安とも重なって、デフレ気分が助長されます。

 鳥取県は規模の小さな県です。先の参議院選挙でも島根県と合わせて一人しか選出されません。何があるのだろうと考えても、伯耆大山と砂丘くらいしか思い浮かびません。

 高校二年生の夏休みに友人と山陰を旅行しました。出雲から香住までだったと思います。日御碕でウミネコをみたり、ラフカディオ・ハーンのヘルン記念館を覗いたり、大山寺の牛に跨がったり、暑い砂丘を海まで歩いたり、余部鉄橋を渡ったりしました。ユースホステルに初めて泊まりましたが、なんとなく居心地のよくない雰囲気でした。

 1994年8月に家族を連れて、大山に登りました。1700m くらいの標高で、途中まで車でゆくので、実際は 700m ほど登るだけですが、尾根沿いにほとんど直登するので大変でした。水分も飲み尽くし、頂上に売店があると聞いていたので、子供たちも楽しみにしていましたが、小屋に入ると、商品は並んでいるのに、これは明日の分ですといって何一つ売ってくれません。まっすぐ降りる下りのきつかったこと。膝の感覚がなくなるようでした。

 頂上からみた大山北壁の険しい崩れや、弓ケ浜から日本海に連なる展望の開けた眺めは気分の良いものでした。 今回の地震ではあのあたりは激しく揺れたことでしょう。




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