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主人公の生誕地 [読書]


 先日、散歩のおりに、和歌山城から南へ五百メートルほど歩いて、吹上3丁目まで行ってみました。いつもは車で通り過ぎる場所ですが、この間から読んでいた小説『陥穽 陸奥宗光の青春』(辻原登)の主人公が生まれた所です。


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 陸奥宗光は天保15年(1844)に伊達宗広の6男として此処で生まれたそうです。父・宗広は本居大平に国学を学んだ人で、藩主・徳川治宝に取立てられ、勘定奉行として藩の財政改革に取り組みましたが、治宝の死後に失脚し、幽閉されました。宗光が8歳の時です。



 宗広の妻子は城下から所払いとなり、紀ノ川の上流、高野山麓に追いやられました。その地で、宗光は高野山で学ぶ機会を得、学僧として江戸へ派遣され、そこで桂小五郎や伊藤博文らと出会うこととなり、運命が開けます。



 彼は勝海舟の海軍操練所で学び、そこで出会った坂本龍馬の海援隊に加わり、幕末の動乱を生き抜きます。



維新後、明治10年(1877)には西郷隆盛らによる西南戦争に乗じた土佐・立志社の政府転覆計画に加わり投獄されます。



 明治16年、伊藤博文らの計らいにより特赦を受け出獄した後、ヨーロッパへ留学し、立憲政治や外交政策を学びます。帰国後は駐米公使や外務大臣となり、「カミソリ大臣」と評された外交手腕を発揮し、幕末に列強との間に交わされた不平等条約の改正を成し遂げました。



 小説を読み終えて主人公の出生地に立つと、幕末から明治にかけての、佐幕か勤王か、攘夷か開国か、新しい政治体制をどう築くかという混迷の時代を生きた人物のドラマが幻のように蘇ります。


#「幕末から明治への物語https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2024-10-27

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唄をめぐる話 [音楽]


 秋が過ぎて行こうとしています。秋の唄を見ていると「'Tis Autumn」というのが有りました。「'tis」って何だろうと辞書をひくと「it isの短縮形」とあります。〔tiz〕と発音するそうです。そういえば英語の曲名には「`」が付いたのがいくつかあります。



 「'S Wonderful」とか「'Round Midnight」とか・・・「`s」は「it's」の短縮形で「'round」は「around」の省略形のようです。



 中学生のころ「`」をアポストロフィ(apostrophe)と習った覚えがあるのですが、難しい名前です。辞書や英文法書をみても、言葉の意味の解説はありません。



 「`Round Midnight」はピアニストのセロニアス・モンク等が1944年に器楽演奏のために作曲し「`Round About Midnight」という曲名だったのですが、後に歌詞が付いた時に、about が取れたそうです。



 和田誠さんの訳*では< それは真夜中ごろ始まる。日暮れまで私は大丈夫。夕食時に悲しく、最悪なのは真夜中。想い出は真夜中ごろにやってくる。(後略)>といった唄です。



 演奏ではマイルス・デイヴィスのものが有名ですが、1954年に T.モンクとM.デイヴィスが共演したとき、この曲ではないですが、マイルスがモンクに、自分のソロのバックにはピアノを弾くな、と言ったそうで、モンクは頭にきて殴り合い寸前になったそうです。* `Round Miles といった逸話です。



 1986年、『Round Midnight』という映画が作られた時には、「`」が無くなっています。サックス奏者のデクスター・ゴードンがアカデミー主演男優賞にノミネートされ、ハービー・ハンコックが作曲賞を受賞したそうです。


*和田誠『いつか聴いた歌』(文藝春秋)


#「お変わりないですか?」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2023-07-26



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お相撲さん今昔 [スポーツ]


 立冬も過ぎ木枯らしが吹くようになりました。大相撲は九州場所の季節ですが、『蕪村句集』を見ていると「秋之部」に相撲の句がありました。


   負(まく)まじき角力(すまひ)を寝ものがたり哉


 頭注には「負けるはずのない相手に不覚の黒星を喫した力士が、その夜の寝物語に愚痴をこぼす。それをやさしく慰める妻。/豊かな情感を独自な抑揚にこめてペーソスが漂う。」とあります。


 毎年、七月(旧暦)に宮中で相撲(すまひ)の節会(せちゑ)が催されたので、相撲は秋の季語。また動詞「すまふ」(抵抗する意)の名詞形が「すまひ」とのことです。妻がやさしく慰めたかどうかは分かりませんが、十七文字で物語の世界を創り出すのは見事です。


 『蕪村句集』を編纂した門人の高井几董にも相撲の句があります。


   やはらかに人わけゆくや勝角力


 勝った力士の雰囲気が目に浮かびます。師弟で相撲談義がはずんだのでしょうか。二人は京の人ですが、江戸川柳では「壱年を廿日(はつか)でくらすいゝ男」というのがよく知られています。当時は一場所が晴天十日で、春夏二場所だったそうです。*


 今場所は、照ノ富士が故障で休場し、横綱不在が続いています。先場所優勝の大の里が連続優勝して、一気に横綱に昇進するのでしょうか? 前頭西十六枚目に再入幕してきた故障上がりの尊富士は活躍できるでしょうか? また東十六枚目の新入幕・獅司はウクライナ・ザポリジャの出身で話題になっています。1960年代の大横綱・大鵬もウクライナ人のハーフで、色が白くて強く人気がありました。


 そういえば、このあいだ新聞で「大谷の二つ下だよ貴景勝」という句を万能川柳欄で見かけました。力士は怪我が多く、”いい男”でいるには、年に二十日とは言わないまでも、もう少し興行を減らして、体を養生できるようにしたらどうかと思います。


*神田忙人『江戸川柳を楽しむ』(朝日選書 朝日新聞社)


#「横綱になれるか?」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2022-01-27


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秋の蕪村 [読書]

 

 今年の秋は暑い日が続き、やっと気温が下がったかと思えば曇りや雨で、秋晴れの日が少ないようです。以前『蕪村句集』*の「夏之部」を読んだので、11月になり「秋之部」を見ることにしました。与謝蕪村の表現した秋が楽しめます。既に教科書などで見知っている句も、注釈などによって色々に感じ方が変わります。


 

   山は暮(くれ)て野は黄昏(たそかれ)の薄(すすき)(かな)


  暮れ残るススキ原の風景でしょう。いつの間にか、すっかり秋になったという感慨が出ています。何ともない句ですが、「山は暮て」が効いているように思います。



   小狐(こぎつね)の何にむせけむ小萩はら


 狐は昔から、「コン、コン」と啼くのでしょうか。それを何かにむせたのかとシャレて詠んだ趣きがあります。花の香にでもむせたのか。蕪村には童話のような句があります。


   

   白露や茨(いばら)の刺(はり)にひとつづゝ


 観察なのか、想像なのか? 朝の冷たい空気のなかに、白露が並んでいる様子を「ひとつづつ」と描くテクニックに上手いな〜と感嘆します。この句について、一門の輪講会で河東碧梧桐は「厭味(いやみ)がある」と言っています。想像で作ったわざとらしさを感じたようです。記録**には高浜虚子は「面白い句だ」と附記し、正岡子規は「虚子君の附記に賛成」と書いています。


   

   夜の蘭(らん)(か)にかくれてや花白し


 夜に蘭が匂っていて、よく見ると白い花がある。頭注では風蘭・白蘭(しろばならん)とあります。鉢植えなのでしょう。蕪村はよく花を詠んでいますが、それぞれ工夫を凝らしています。


   月天心貧しき町を通りけり


 蕪村を代表するような句です。頭注には「月光による俗界の美化がねらいで、これも離俗の句」とあります。輝かしい月と夜更けの貧しい町との対比が鮮やかです。「月天心」という言葉は宋詩「月至天心処」(邵康節)に由来するそうです。




   去年より又さびしいぞ秋の暮


 年寄っていく者の素直な気持ちなのでしょう。「ぞ」にユーモアがあり救われます。




   身の秋や今宵(こよひ)をしのぶ翌(あす)もあり 


 頭注では和歌の「長らへばまたこの頃や忍ばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき」(藤原清輔)を俳諧的に要約したもので、娘の離婚問題を抱えていた頃の作かとあります。俳人も世間のしがらみから遁れられた訳ではなさそうです。




   門(もん)を出(いづ)れば我も行人(いくひと)秋のくれ


 「行人」は旅人の謂なのでしょう。枯野をかけ巡った芭蕉への想いと、日暮れて道遠しの感慨が入り混じっているように思います。



 こうして見ていくと「夏之部」の句に比べ、活気が低下している印象があります。秋という季節の影響なのでしょうか? 冬になればどうなるのか、来年1月頃には「冬之部」も読むことにしましょう。『蕪村句集』というのは、天明四年(1784)蕪村一周忌にあたり、門人の高井几董が蕪村の868句を四季に纏めて刊行したものです。



 また、明治31年(1898)から5年間にわたって、正岡子規一門が『蕪村句集』を輪講し、その記録**を雑誌「ホトトギス」に連載、その後、刊行しています。一句ごとに、それぞれの人の解釈や意見が記されていて、面白い読み物になっています。



『新潮日本古典集成 璵謝蕪村集』(新潮社)

**内藤鳴雪・正岡子規・高浜虚子・河東碧梧桐ほか著『蕪村句集講義3』(東洋文庫 平凡社)




蕪村句集講義3 (東洋文庫)

蕪村句集講義3 (東洋文庫)

  • 出版社: 平凡社
  • メディア: 単行本

   

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