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また 家族のかたち [読書]

 昨年末から読み始めたエマニュエル・トッド『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』(文藝春秋)は、やっと下巻の100頁ほどまで読み進みました。翻訳本は忠実に訳そうとすると、もって回った文章になり、まどろっこしくなります。そんななかで所々、フランス人である著者のおもしろい考察に出会います。



 < アメリカなるものは事あるたびに、われわれヨーロッパ人にそれ自体として矛盾した二重の印象をもたらす。最も先進的だという意味で「モダン」を体現しているように見えるアメリカが、それでいて同時に「未開」だとも感じられるのは一体なぜなのか。われわれは前々から訝(いぶか)しく思ってきた。いつも心の中で、「彼ら(米国人)は明らかに先を行っている。そのくせ、およそまったくと言ってよいほど洗練されていない」と呟いている。>



 ヨーロッパ人から見たアメリカ人の不可解さを率直に述べています。そして意外な結論を引き出します。



 <彼らは、ほとんどまったく洗練されていないからこそ、先を行っているのである。ほかでもない原初のホモ・サピエンスが、あちこち動き回り、いろいろ経験し、男女間の緊張関係と補完性を生きて、動物種として成功したのだ。 >



 つまり、アメリカ人は、狩猟採集時代のホモ・サピエンスがそうであったように、「核家族」で、自由主義で、武器で自衛する社会に生きていると言います。



 < 他方、中東、中国、インドの父系制社会は、女性のステータスを低下させ、個人の創造的自由を破壊する洗練された諸文化の発明によって麻痺し、その結果、停止してしまった。>



 ユーラシア大陸の長い歴史を持つ文明発祥地と、英米のような辺縁地との家族システムの違いによる現れを戯画的に解説しています。文明発祥地では「進化」した家族システムを作り上げたのに対し、辺縁地では原初の核家族が残存した。



 また、家族システムがイデオロギーに及ぼす影響の一例としてーーードイツ、日本などの後継ぎを一人に絞る直系家族では、子供たちは不平等であり、結果、人間は不平等が当たり前という意識が形成されると指摘しています。そのような社会では、「兄貴分」と「弟分」の序列の中で生きていくとしています。



 そういえば日本の組織におけるタテ構造や、日韓米の外交関係など思い当たる面があります。また、英語を習い始めた頃、英語には兄弟はあっても、兄や弟という単語がないのを不思議に思ったのを思い出しました。「家族のかたち」の違いの現れなのかも知れません。まだまだ E.トッドの論考は続きます。目の付け所がおもしろい、楽しい読書です。



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