失われた世代 [読書]
ヘミングウェイの小説『日はまた昇る』の巻頭には
「あなたたちはみんな、自堕落な世代((ロスト・ジェネレーション)なのよね」
ーーーガートルード・スタインの言葉
という一文が記されています(高見浩訳 新潮文庫)。lost generation って自堕落な世代ということなのかと驚きました。一般には「失われた世代」と言われているように思っていたのですが、つまり、第一次世界大戦後の 1920年代に活躍しだしたヘミングウェイやフィッツジェラルドなどの作家たちを表す言葉として。
しかし、以前から「失われた世代」って何が失われたんだろうと意味がよく分かりませんでした。
調べてみると、ヘミングウェイは lost generation という言葉の由来について、パリでの生活を回想した『移動祝祭日』(高見浩訳 新潮文庫)の中で、こんな風に書いていました。
<ミス・スタインがあの ”ロスト・ジェネレーション” に関する発言をしたのは、(中略)彼女が当時使っていた古い T型フォードのイグニッションが故障したことだった。その修理に出した自動車整備工場の若い整備工は第一次大戦の最後の年に従軍した経歴の主なのだが、ミス・スタインのフォードの修理にあたって何か手際が悪かったのか、もしくは他の車より先まわしにしなかったのだろう。ともかく彼は真剣じゃなかったというので、ミス・スタインの抗議を受けた整備工場の主人からきつく叱られた。「おまえたちはみんな、だめなやつら(ジエネラシオン・ペルデユ)だな」と主人は言ったという。/「あなたたちがそれなのよね。みんなそうなんだわ、あなたたちは」ミス・スタインは言った。「こんどの戦争に従軍したあなたたち若者はね。あなたたちはみんな自堕落な世代(ロスト・ジエネレーシヨン)なのよ」>
訳者によればフランス語の perdueは perdre(失う)の過去分詞なのですが、perdreには「堕落させる」という意味もあるそうです。ミス・スタインは perdueを英語の対応する言葉 lostに翻訳して英語で言ったのです。訳者はそれで「自堕落な世代」と意訳したようです。
自動車整備工場主が口走ったフランス語、それを英語に訳したミス・スタイン、それを翻訳した日本語、伝言ゲームのようにして「失われた世代」は誕生したようです。
ちなみに『新英和中辞典第5版』(研究社)では、lost generation 失われた世代《第一次大戦時代の社会混乱に幻滅し、人生の方向を失った世代》と、もっともらしく説明されていました。
日本ではバブル崩壊後の就職氷河期世代をロスト・ジェネレーションと呼ぶようですが、これもやはり「人生の方向を失った世代」という意味なんでしょう。
翻訳というのは難しく、奥の深い問題を抱えているようです。