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『目玉』の短篇小説 [読書]

   人に会わない生活などといえば、本でも読むか音楽でも聴くくらいしか思い浮かびません。あいにく目が疲れるので、映画など画面に映るものは長くは観ていられません。自然といつも何か面白そうな本はないかと物色してしまいます。


   以前、新聞で詩人の荒川洋治が戦後の最上の短篇小説のひとつとして、吉行淳之介「葛飾」を挙げていたので、調べてみると、1989年に出た『目玉』という短篇集に入っているのが分かったので、古書を取り寄せました。


 『目玉』(新潮社)には「大きい荷物」、「鋸山心中」、「目玉」、「鳩の糞」、「百閒の喘息」、「いのししの肉」、「葛飾」という七篇の短篇が収められています。昭和 55年から平成元年にかけて雑誌に発表したものを集めたものです。


 吉行淳之介といえば、わたしが学生のころ買っていた「群像」という雑誌にその頃、「暗室」という小説を連載していました。同じ頃、その雑誌で読んだ柏原兵三「徳山道助の帰郷」、清岡卓行「朝の悲しみ」、丸谷才一「中年」などの小説は今でも印象に残っています。1968年前後のことです。


 『目玉』に入っている小説は、身辺雑記、思い出などを綴ったもので、エッセイといえばそれでも通るようなもので、さしたる筋があるわけではありません。


 たとえば「鋸山心中」は、しぶり腹になってトイレに通うという書き出しから、故郷・岡山の「大手饅頭」が絶品だという話になり、子供のころ祖母から聞いたーー便所での狐の悪戯をとっちめた饅頭屋の主人が <「許してください、手を放してくださいな。誰にも真似できない饅頭のつくり方を、お礼に教えますから」> という饅頭由来話に続きます。


 そして <幽霊もしくは妖怪に、はじめて出会ったのはいつだろう。> と回想が始まります。小学一年生のころ、夏休みに避暑に出かけた房総半島の村で、祖母や叔父と一緒に火の玉を見た話、二年生に行った村で、近くの鋸山(のこぎりやま)であった心中事件の顛末が語られます。


 その前年にあった『天国に結ぶ恋』と映画にもなった坂田山心中の猟奇的な話題が続きます。<大磯の裏山では、心中事件のあと半年のあいだに二十件の自殺と心中があった。このように話題の土地になったので、ただの裏山では趣きがない。> と後で坂田山と名付けられたそうです。


 おなじ頃の房総半島での記憶が蘇ってきます。<同じ年頃の少女と二人だけで一緒にいるのは、はじめてのことなので、ぎごちない気分で歩いていた。/間もなく、少女が元気よく言った。/「ちょっと待って、先へ行っちゃ駄目よ」/路を一歩はずし、茂みの中にうずくまると、丈(たけ)のみじかい着物の裾をためらいなく捲り上げた。間をおかずに、勢いよくほとばしる水があった。(中略)/そのあとの記憶は、白いままである。少女の顔も、名前も、そのあとどうしたのか、なにも思い出せない。>


 こんな原稿を書いている最中、朝日新聞夕刊の死亡欄に、56年前に「天国に結ぶ恋」と映画の題にも使われた「見出し」を書いた元東京日日新聞記者の名前を見つけ驚く・・・というおまけがつきます。


 なにか落語でも一席聴いたような読後感で、楽しめました。では荒川洋治が戦後の最上の短篇小説のひとつとする「葛飾」はどんな話か? 言葉が詰まってしまいます。腰痛になり困っていたところ、紹介されて評判のいい葛飾の整体に通ったが、治らなかったというようなお話でした。ここまで身辺雑記になってしまうと、淡い感興はあるものの、うむっ、これで終わり? と思ってしまいます。それとも、何年かして再読すれば、また何か面白味が分かるようになれるのでしょうか・・・。小説の好みはやはり、人それぞれのようです。





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