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明治の美人 [読書]

 今朝は涼しくて秋の気配です。テレビでは次の首相が話題になっています。どうも団塊の世代の人が優勢なようです。かって横浜の市会議員をしていたそうです。団塊の世代は若い頃、政治の季節がありましたが、なぜか政治の表舞台で活躍した人は少ないように思います。


 幕末から明治にかけて活躍した人には天保生まれの人が多いそうです。天保は 15年(1830-44)続きますが、たとえばこんな具合です。

 吉田松陰、大久保利通 天保元年生まれ

 松本良順 天保3年

 木戸孝允 天保4年

 近藤 勇 岩崎弥太郎 福沢諭吉 天保5年

 坂本龍馬 土方歳三 松平容保 天保6年

 榎本武揚      天保7年

 板垣退助 徳川慶喜 天保8年

 山縣有朋 大隈重信 天保9年

 高杉晋作 天保10年

 久坂玄瑞 天保11年

 伊藤博文 天保12年

 大山 巌 天保13年

 陸奥宗光 天保15年


 そんな中で、天保8年、江戸・谷中茶屋町にお倉という女性が生まれます。長谷川時雨が『明治美人伝』で <・・・新宿富倉楼の遊女であって、後の横浜富貴楼の女将となり、明治の功臣の誰れ彼れを友達づきあいにして、種々な画策に預かったお倉という女傑がある。> と書いている人です。


 鳥居民『横浜富貴楼 お倉 明治の政治を動かした女』(草思社)はそんな女性の伝記風の読み物です。幕末から明治初期にかけての世間のようすが窺えます。


 お倉は6歳のとき家業が成り立たなくなり、一家は離散し、浅草の人にもらわれていきます。18歳で結婚しますが、うまくいかず、19歳で現在の新宿三丁目、伊勢丹の所にあった富倉屋という店に出るようになります。そのころ粋人で知られた亀次郎という人と一緒になり、亀次郎の借金清算のため品川の湊屋に移ります。その時の身代金は百五十両。当時、幕府が長州征伐に集めた兵士の給金が年に七両から二十両だったそうです。


 その後もいろいろな出来事がありましたが、明治4年、お倉は横浜・駒形町に富貴楼を開きます。新橋・横浜間に鉄道が開通する前年です。当時の横浜の人口は6万人でした。明治6年3月富貴楼は焼失しますが、すぐ7月には尾上町で再開します。


 富貴楼が店を開いて最初の上得意は井上馨と陸奥宗光だったそうです。当時、陸奥宗光は神奈川県知事でした。後日、政府転覆に関わったとして陸奥は投獄されます。明治15年、陸奥が特赦になるという情報を得たお倉は陸奥夫人と相談し、洋服など出獄の準備をし、妹分の芸者・おしほを船で宮城監獄まで行かせたそうです。


  その後、富貴楼には伊藤博文、大久保利通、大隈重信、松方正義、後藤象二郎といった人たちが出入りしています。お倉夫婦には文という養女がいますが、伊藤博文と富貴楼にいたおあきという人の子供だったそうです。


 この本には徳川将軍の侍医で、戊辰戦争では東軍の軍医となった松本良順が東北を転戦後、横浜で、おしほに匿ってもらった話とか、文久3年(1863)の伊藤博文が横浜からロンドンへ密航した話など、横浜に関わる話題が詳しく語られています。


 変わったところでは、慶應義塾の塾長であった小泉信三が子供のころのことを書いた随筆にお倉が出てくるそうです。 <(前略)尾上町から右に入つたあたりに、富貴楼という料理屋があつた。横浜の女傑と称せられ、昔話にも名の出て来る富貴楼お倉がその女主人である。お倉は、私の家にもよく来たので、私はその顔を憶えている。色が白く大柄で、舞台効果のある顔、姿であった。その頃四十代であつたろう。(後略)> と記しています。信三の父親は横浜正金銀行(のちの東京銀行)本店支配人でした。


 お倉は裏方の人なので、具体的にどんなことを成したのかは資料には残りません。ノンフィクション作家の澤地久枝は < 山口県萩市の伊藤博文の生家・・・その敷地内の博文像・・・その胸像の胸を叩いて、富貴楼お倉の演じた役割のほんとうのところを聞いてみたい > と書いています。


 明治25年、お倉は大磯に別荘を建てます。その隣に陸奥宗光と大隈重信が建て、伊藤博文も小田原の別荘を大磯に移します。お倉は明治39年に引退し、43年に他界します。75歳でした。待合政治の始まりともいえる歴史の裏話です。


 維新から明治初期に活躍した天保生まれの人たちも、明治の中頃になると、その頑迷さや新時代への不適応から「天保老人」と揶揄されるようになったそうです。なにか身につまされる気もします。


#「七赤金星はツムジ曲がり」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2020-08-29


横浜富貴楼 お倉―明治の政治を動かした女

横浜富貴楼 お倉―明治の政治を動かした女

  • 作者: 鳥居 民
  • 出版社: 草思社
  • 発売日: 1997/01/31
  • メディア: 単行本

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