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会話を聞く楽しみ [読書]

 電車に乗って退屈していると、隣の乗客たちの会話が耳に入ってきます。聞くともなく目をつむっていても、つい聞き入ってしまうことがあります。「対談集」を読むのは、そんな場面と似た感じがします。ちょっとした退屈な時間を、会話を聞いて過ごす。面白くてもこちらからは合いの手は入れられない。



 『おとこ友達との会話』(新潮社)白洲正子の対談集です。1990年代に雑誌などに載せたものを 11篇集めています。相手は赤瀬川原平、前登志夫、仲畑貴志、尾辻克彦、青柳惠介、ライアル・ワトソン、高橋延清、河合隼雄、養老孟司、多田富雄です。



 たとえば、吉野に住む歌人の前登志夫の篇では、わたしが日頃親しんでいる『句歌歳時記』の編者・山本健吉が話題になっています。



 繊細で非常に真面目で、むちゃくちゃなさらないから。吉野に来たら、無頼派なんですが。

白洲 あっははは。

 僕が酔っぱらって、ヤマケンさん一緒に飲みに行こうとかいって、夜遅う、僕の家へ来たの、夜中の一時なんですよ。家内、怒ってね、「あんた、毎日、毎日、何うろうろしてるの!」言うたらね、後ろにヤマケン先生が衣紋竹みたいに立っていらっしゃる(笑)。家内が慌てて、「泊まっていってゆっくりしてください」言うたら、いきなり「奥さん、カセットを出してください」って。私、吉野伝授しとこうと思います、言うてね。それで、深沈たる山中の静寂の中で「上野発の夜行列車降りた時から ・・・」言うて歌い出したんです。続いて、僕は肺が片方だから、もうちょっと落とします言うてね。結局、「おんな港町」と二曲歌われた(笑)。その時の雑談も入ったカセットがありますよ。

白洲 変な吉野伝授ね(笑)。演歌がお好きだったでしょう。



 たわいない雑談ですが『句歌歳時記』の編者に親しみがわきます。一日一篇、会話を聞いていると、以前に読んで面白かった本のことが話題になっていました。



白洲 先生の『身体の文学史』を拝見していて、身体と脳は、三島由紀夫の場合なんかはっきり分かれているでしょうーーーお気の毒とも言えるけども。私、ひどく、同情しますよ、あの方には。だけども、普通はもう少しくっついてるんでしょう。

養老 はい

白洲 でもそれがどういう具合にくっついてるんだかがわかんないの。

養老 ですね(笑)。だから、それが切れちゃったのが三島だったんです。それを石原慎太郎に言わせると、空っぽだって言うんですね。空っぽに決まってるんで、言葉じゃない方に移ったわけですから、それを言葉でどうこう言おうとしても、それは無理だというのが、正当の解釈じゃないかと思うんですけどね。けれども三島もやっぱり言葉で言おうとするんですね。

白洲 なんか七つぐらいの時から恋愛小説を書いてたって言うでしょう。これはもう嘘にきまってる。言葉だけでしょ。だから、小林秀雄さんは、肉体のない文章っていうのは認めなかったんですよ。(後略)



 こんな会話が聞こえてきます。『身体の文学史』、面白かったという記憶はあるのですが、もう25年も前なので、具体的な内容は忘れています。再読してみようかと思います。



 若い頃から対談集というのも時々、読みました。三島由紀夫と中村光夫とか、小林秀雄と岡潔とか、開高健、安岡章太郎、井伏鱒二などを思い出しますが、内容はみごとに記憶にありません。対談というのはやっぱり、隣の乗客の会話を聞いているようなものなのでしょう。






おとこ友達との会話 (新潮文庫)

おとこ友達との会話 (新潮文庫)

  • 作者: 白洲正子
  • 出版社: 新潮社
  • メディア: 文庫

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そらへい

電車に乗ると、乗客の様子、会話などが聞こえ
ちょっとした社会見学になりますね。
コロナになって、ほとんど電車で出かけなくなったので
ちょっと世間が狭くなっているように感じます。
対談集もあまり読んだ記憶がありませんが
ヤノーホが表したカフカとの対話集は読んだことがあります。
ヤノーホを通してカフカと人となりを知ることが出来ました。
対談集は、もう少し気楽な感じで楽しめる物なのでしょうね。
by そらへい (2023-03-14 20:09) 

爛漫亭

 そらへいさん、『カフカとの対話』には触手が動きます。
対談はどちらかが聞き上手だと、面白くなるのでしょうね。
組み合わせの妙といったものもありそうで、プロデュース
する人の才も必要でしょうね。
by 爛漫亭 (2023-03-14 21:29) 

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