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夢の時間 [読書]

 少年時代には、両親が生きていて、兄弟が居て、おじいさん、おばあさんも健在で、おじさん、おばさんが近所に住んでいて、いとこ達とは毎日のように遊んでいた、今から思えば夢のような時代でした。


 おじさんの中にはどことなく世間離れした人もいて、親達とは少し軋轢がある雰囲気を子供ながら感じるのですが、そんなおじさんが子供にとっては楽しいのです。星座に詳しかったり、写真に凝っていたり、知らない世界を開いてくれます。


 祖父と祖母は、それぞれ別の部屋で暮らしていて、それぞれに小遣いをくれたりします。仲がいいのか悪いのか子供には分かりません。


 兄弟はもちろんケンカをします。母親は説教をします。兄は嫌々ながらかも知れませんが、自転車の後ろに乗せて、映画館に連れていってくれたこともあります。


 年の近い従兄弟とは兄弟よりも頻繁に遊びます。従兄弟にはやや遠慮があるので、兄弟で遊ぶより円満にことが運びます。


 こんなことを思い出したのは、ウィリアム・サローヤン『僕の名はアラム』(柴田元幸訳 新潮文庫)を読んでいるせいです。大学生のころ清水俊二訳『わが名はアラム』(晶文社)を読んだ記憶があるのですが、数年前に柴田元幸による新訳が出たので買っておいたのです。


 カリフォルニア州フレズノに暮らすアルメニア人移民一族の愉快で楽園的な日常世界を、アラム少年の目で綴った連作短篇集です。


 < 僕が九歳で世界が想像しうるあらゆるたぐいの壮麗さに満ちていて、人生がいまだ楽しい神秘な夢だった古きよき時代のある日、僕以外のみんなから頭がおかしいと思われていたいとこのムーラッドが午前四時にわが家にやって来て、僕の部屋の窓をこんこん叩いて僕を起こした。 > と物語は始まります。「情けないおじさん」や「癇癪持ちのおじいさん」、「史上ほぼ最低の農場主であるおじさん」などが次々に登場します。心地よい「お話し」の世界が広がります。


 W.サローヤン(1908-1981)はアルメニア人移民の子供としてカリフォルニア州で生まれます。1911年、父親が死に、彼は兄弟と共に孤児院で育ちます。小説のような牧歌的な子供時代を過ごした訳ではないようです。12歳のとき、モーパッサンの短篇「乞食」を読んで衝撃を受け、作家になろうと決めたそうです。


 < アラム、とムーラッドは言った。/僕はベッドから飛び出して窓の外を見た。/僕は自分の目が信じられなかった。/まだ朝ではなかったけれど、夏だし夜明けもすぐそこまで来ていたから、夢ではないとわかるだけの明るさはあった。/僕のいとこのムーラッドが、美しい白い馬の上に座っていたのだ。 >


 読む手を休め、現実を見れば、わたしの祖父母、両親、おじさん、おばさんの多くは既になく、いとこや兄弟も何人かはこの世から退場しています。子供時代の世界は既に壊れています。いつまでも続くように感じていた”あの時代”は、いっときの夢の世界だったんだと追憶します。そして今や、わたしが一家の「訳の分からないおじいさん」の位置にいます。やんぬるかなです。


#「いとこというおかしみ」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2018-10-09

#「ぼくの叔父さん」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2014-09-10



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tai-yama

私も昭和時代の考えで行くと、独身だし、バイクばかり乗っているし
かなりアナーキーな存在かも(笑)。
by tai-yama (2022-04-03 23:41) 

爛漫亭

 tai-yamaさん、そういうおじさんが子供たちに
とって楽しいのですね。
by 爛漫亭 (2022-04-04 09:15) 

そらへい

サローヤン、読んだ記憶があるのですが
何を読んだのかも忘れてしまいました。
ほんとうに子供の頃は、それが当たり前だったのに
いつのまにか、伯父も伯母も年を取ってしまい
今では,自分がその頃の伯父伯母より高齢になっています。

by そらへい (2022-04-11 21:36) 

爛漫亭

 いつのまにか年を取ってしまったと、
最近、よく思うようになりました。
そらへいさん、サローヤンは子供時代を
思い出させてくれます。
by 爛漫亭 (2022-04-11 22:58) 

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