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小説を読み解く [読書]

   川本三郎が『『細雪』とその時代』(中央公論新社)という本を出したので、楽しみに読んでいます。谷崎潤一郎の小説『細雪』の世界を、色々の切り口から眺め、どんな時代であったか、どんな場所であったかと、小説の背景を解き明かす期待にたがわぬ読み物です。


 『細雪』は昭和 11年(1936)から 16年にかけての大阪、芦屋、神戸、東京などを舞台にした、大阪・船場の没落した旧家、蒔岡家の四姉妹を中心とした物語です。


 「船場」というのは <豊臣秀吉が大坂城を築城した時、商人たちを集めて作った町。東は東横堀川、西は西横堀川、南は長堀川、北は土佐堀川に囲まれ、碁盤の目のように整っている> 大阪では由緒ある商業地のことです。船場を南北に貫いているのが大通りの堺筋です。


 大正 12年(1923)の関東大震災の後、大阪は大正 14年には人口 211万人を数え、東京市を超え全国一となり、一大産業都市に発展します。昭和元年の全国総生産額では阪神工業地帯が 30.2%を占め、京浜工業地帯は 18.1%だったそうです。


 結果、大阪は煤煙の町となり、居住に適さなくなり、大きな商家では環境の良い郊外として、六甲山の麓、阪神間に居宅を移すようになったそうです。職住分離です。東京・日本橋生まれの谷崎も横浜に居て、大震災で被災し、関西に移住し阪神間に住むようになります。


 谷崎はそこで、隣家に住む船場の綿布問屋の夫人・松子と知り合い、結婚することになります。『細雪』は松子夫人たち四姉妹をモデルにして、昭和17年に書かれ始めます。話は内気な三女・雪子の見合い話と活発な四女・妙子の恋愛模様を中心に展開します。


 当時、神戸にはロシア革命(1917)を逃れてやってきた白系ロシア人が多くいたそうです。洋菓子の「モロゾフ」、「ゴンチャロフ」などはそんな人たちが開いた店です。『細雪』では四女・妙子と関わるカタリナというロシア人女性が出てきます。また次女夫婦の住む芦屋の家の隣人はドイツ人一家で、両家の子供達の交流と別れも描かれます。小説には南京町も登場し、海外に開かれた都市としての神戸が印象的に取り込まれています。


 川本三郎は丹念に証言を拾い集め、『細雪』の時代背景と場所の意味をジグソーパズルのように埋めてゆきます。四女・妙子は自立のために洋裁を習い始めますが、<大正十年には三越が女子店員に制服を定めるなどして、働く女性は洋服を着るという流れが作られていった。>という和服から洋服への移行の時代であり、ちょうど昭和 12年には、神戸市東灘区に「田中千代洋裁研究所」が出来ており、小説のモデルになっているそうです。


 映画批評家の淀川長治は神戸・新開地近くの生まれですが、姉が三宮で美術品店をしていて、若き日の淀川長治は店の手伝いをしており、谷崎もしばしば訪れていたそうです。また、三宮には谷崎が名付け親となった「ハイウエイ」というレストランがありましたが、そこの店主が実際の松子夫人の妹の恋人だったそうで、小説では四女・妙子の病死する恋人のモデルになっています。


  こんな話題が次々と出てきます。『細雪』は連載第2回で、「時局にそわぬ」として軍部により発表を停止させられますが、谷崎は疎開先を転々としながら、発表のあてのない原稿を書き継いでいたそうです。


 戦後、谷崎は「別冊文藝春秋」に「創作余談」として、<最初の考へでは、蘆屋の不良マダムの話をもつと入れる筈だつたが、時世がだんだん嶮(けわ)しくなつて、それを一切書くことが出来なくなつたので、極く甘いものになつてしまつた。その点私としては甚だ不満であつた> と書いているようです。時節によって、また違った『細雪』の可能性があったというのも面白い話です。


#「大阪人の『高慢と偏見』」https://otomoji-14.blog.ss-blog.jp/2021-05-12


『細雪』とその時代 (単行本)

『細雪』とその時代 

  • 作者: 川本 三郎
  • 出版社: 中央公論新社
  • 発売日: 2020/12/08
  • メディア: 単行本

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コメント 2

middrinn

山崎豊子『ぼんち』(新潮文庫,1961)も船場の商家を描いた
有名な作品ですので、『細雪』との比較論とかありそう(^^)
by middrinn (2021-07-16 20:28) 

爛漫亭

 十代のころ父親に連れられて船場の問屋街へ
行ったことがありますが、middrinnさん、店員
さんが、まさしく丁稚という雰囲気で、特異な世界
という印象が残っています。大阪のエキスですね。
by 爛漫亭 (2021-07-16 22:02) 

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